料理のことは勿論この話に直接の関係はないのだが、英領植民地のシンガポールという土地はまずこんなところであるということを説明するために、ちょいと献立《こんだて》書きをならべただけのことだ。その料理店で、久しぶりで日本らしい飯を食って――なにしろ僕はマレー半島を三、四ヵ月もめぐり歩いていたあげくだから、日本の飯も恋しくなるさ。まったくその時はうまかったよ。
それから夜の町をぶらぶら見物に出ていくと、町には芝居が興行中であるらしく、そこらに辻《つじ》びらのようなものを見受けたので、僕も一種の好奇心に釣られて、その劇場のある方角へ足をむけた。実をいうと、僕はあまり芝居などには興味をもっていないのだが、まあどんなものか、一度は話の種に見物しておこうぐらいの料簡《りょうけん》で、ともかくも劇場の前に立って見ると、その前には幾枚も長い椰子《やし》の葉が立ててある。日本の劇場の幟《のぼり》の格だね。なるほどこれは南洋らしいと思いながら、入場料は幾らだと訊《き》くと一等席が一|弗《ドル》だという。その入場券を買ってはいると、建物はあまり立派でないが、原住民七分、外国人三分という割合で殆んどいっぱいの
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