いう伝説がありますが、以前の兵士も今度のアンもことごとくその姿をあらわさないのを見ると、やはりかの朱丹が予言した通り、再び世には出られないのかも知れませんよ。」
「女はそれからどうしました。」
「どうしたかよく判りません。なんでもシンガポールを立去って、ホンコンの方へ行ったとかいうことでした。なにしろアンは可哀そうなことをしました。彼も恋に囚われなければ、今夜もこの舞台に美しい声を聞かせることが出来たんでしょうに……。」
「その墓へ入った者はみんな窒息するんでしょうか。」と、僕は考えながら言った。
「さあ。」と、早瀬君も首をかしげていた。「わたしにも確かな判断は付きませんが、ここらにいる白人のあいだでは、もっぱらこんな説が伝えられています。柔仏の王は自分の遺産を守るために、腹心の家来どもに命令して、無数の毒蛇を墓の底に放して置いたのだろうというんです。して見れば、そこに棲んでいる毒蛇の子孫の絶えないあいだは、朱丹の遺産がつつがなく保護されているわけです。実際、印度やここらの地方には怖ろしい毒蛇が棲んでいますからね。」
 言ううちに、大粒の雨が二人の帽子の上にばらばらと降って来た。
「あ
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