かりました。その出家がわたしの顔をつくづく見て、おまえも出家になるべき相《そう》がある。いや、どうしても出家にならなければならぬ運命があらわれている。わたしと一緒に鎌倉へ行って、仏門の修業をやる気はないかと言われたのでござります。わたしはまだ子供で世間の恋しい時でもあり、かねて名を聞いている鎌倉というところへ行ってみたさに、その出家に連れて行ってもらうことにしました。親たちもまたこんな山奥に一生を送らせるよりも、京鎌倉へ出してやった方が当人の行く末のためでもあろう。たとい氏素姓《うじすじょう》のない者でも、修業次第であっぱれな名僧智識にならぬとも限らぬと、そんな心から承知してわたしを手離すことになったのでした。あとで知ったのですが、その出家は鎌倉でも五山《ござん》の一つという名高い寺のお住持で、京登りをした帰り路に、山越えをして北陸道を下らるる途中であったのです。お師匠さま――わたしはそのあくる日からお弟子になったのです――は私をつれて、越前から加賀、能登、越中、越後を経て、上州路からお江戸へ出まして……。いや、こんなことはくだくだしく申上げるまでもありませぬ。わたしはその時に初めてお
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