で、一度も故郷へ帰らなかったことを深く悔んだ。
「あの髑髏がおのずと朽ちて落ちるまでは、決してここを離れませぬ。」と、彼は誓った。
 両親や妹の菩提《ぼだい》を弔うだけならば、必ずしもここに留まるにも及ばないが、悲しむべく怖るべきはかの髑髏である。
 如是畜生発菩提心《にょぜちくしょうほつぼだいしん》の善果をみるまでは、自分はここを去るまいと決心して、彼はこの空家に蹈みとどまることにした。そうして、丸三年の今日まで読経《どきょう》に余念もないのであるが、髑髏はまだ朽ちない、髑髏はまだ落ちない、髑髏はまだ笑っているのである。
 彼が三年、五年、十年、あるいは一生ここにとどまるかも知れないと覚悟しているのも、それがためであろう。
 この長物語を終って、老人はまた嘆息した。
「あまりお気の毒だから、いっそ畚をおろして何とか骸骨を取りのけてしまおうと言い出した者もあるのだが、息子の坊さまは承知しないで、まあ自分にまかせて置いてくれというので、そのままにしてあるのだ。」
 叔父も溜息をついて別れた。

 その晩は上大須の村に泊ると、夜中から山も震うような大あらしになった。
 この風雨がかの枝を吹
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