。大垣は戸田氏十万石の城下で、叔父は隠密の役目をうけたまわって [#「うけたまわって 」はママ]幕末における大垣藩の情勢を探るために遣わされたのである。隠密であるから、もちろん武士の姿で入り込むことは出来ない。叔父は小間物を売る旅商人《たびあきんど》に化けて城下へはいった。
八月から九月にかけてひと月あまりは、無事に城下や近在を徘徊《はいかい》して、商売《あきない》のかたわらに職務上の探索に努めていたのであるが、叔父の不注意か、但しは藩中の警戒が厳重であったのか、いずれにしても彼が普通の商人でないということを睨《にら》まれたらしいので、叔父の方でも大いに警戒しなければならなくなった。その時代の習いとして、どこの藩でも隠密が入り込んだと覚《さと》れば、彼を召捕るか、殺すか、二つに一つの手段をとるに決まっているのであるから、叔父は早々に身を隠して、その危難を逃がれるのほかはなかった。
しかし本街道をゆく時は、敵に追跡されるおそれがあるので、叔父は反対の方角にむかって、山越しに越前の国へ出ようと企てた。その途中の嶮《けわ》しいのはもちろん覚悟の上である。およそ十里ほども北へたどると、外山
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