さも痒《かゆ》いようなふりをして指でこすりながらはあはあ息だけで笑いました。
なるほど遠くから見ると虔十は口の横わきを掻《か》いているか或《ある》いは欠伸《あくび》でもしているかのように見えましたが近くではもちろん笑っている息の音も聞えましたし唇《くちびる》がピクピク動いているのもわかりましたから子供らはやっぱりそれもばかにして笑いました。
おっかさんに云《い》いつけられると虔十は水を五百|杯《ぱい》でも汲《く》みました。一日一杯畑の草もとりました。けれども虔十のおっかさんもおとうさんも仲々そんなことを虔十に云いつけようとはしませんでした。
さて、虔十の家のうしろに丁度大きな運動場ぐらいの野原がまだ畑にならないで残っていました。
ある年、山がまだ雪でまっ白く野原には新らしい草も芽を出さない時、虔十はいきなり田打ちをしていた家の人|達《たち》の前に走って来て云いました。
「お母《があ》、おらさ杉苗《すぎなえ》七百本、買って呉《け》ろ。」
虔十のおっかさんはきらきらの三本鍬《さんぼんぐわ》を動かすのをやめてじっと虔十の顔を見て云いました。
「杉苗七百ど、どごさ植ぇらぃ。」
「家の
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