うしろの野原さ。」
そのとき虔十の兄さんが云いました。
「虔十、あそごは杉植ぇでも成長《おが》らなぃ処《ところ》だ。それより少し田でも打って助《す》けろ。」
虔十はきまり悪そうにもじもじして下を向いてしまいました。
すると虔十のお父さんが向うで汗《あせ》を拭《ふ》きながらからだを延ばして
「買ってやれ、買ってやれ。虔十ぁ今まで何一つだて頼《たの》んだごとぁ無ぃがったもの。買ってやれ。」と云いましたので虔十のお母さんも安心したように笑いました。
虔十はまるでよろこんですぐにまっすぐに家の方へ走りました。
そして納屋《なや》から唐鍬《とうぐわ》を持ち出してぽくりぽくりと芝《しば》を起して杉苗を植える穴を掘《ほ》りはじめました。
虔十の兄さんがあとを追って来てそれを見て云いました。
「虔十《けんじゅう》、杉ぁ植える時、掘らなぃばわがなぃんだじゃ。明日まで待て。おれ、苗買って来てやるがら。」
虔十はきまり悪そうに鍬を置きました。
次の日、空はよく晴れて山の雪はまっ白に光りひばりは高く高くのぼってチーチクチーチクやりました。そして虔十はまるでこらえ切れないようににこにこ笑って兄さんに教えられたように今度は北の方の堺《さかい》から杉苗の穴を掘りはじめました。実にまっすぐに実に間隔《かんかく》正しくそれを掘ったのでした。虔十の兄さんがそこへ一本ずつ苗を植えて行きました。
その時野原の北側に畑を有《も》っている平二がきせるをくわえてふところ手をして寒そうに肩《かた》をすぼめてやって来ました。平二は百姓《ひゃくしょう》も少しはしていましたが実はもっと別の、人にいやがられるようなことも仕事にしていました。平二は虔十に云いました。
「やぃ。虔十、此処《ここ》さ杉植えるな※[#小書き平仮名ん、177−14]てやっぱり馬鹿《ばか》だな。第一おらの畑ぁ日影《ひかげ》にならな。」
虔十は顔を赤くして何か云いたそうにしましたが云えないでもじもじしました。
すると虔十の兄さんが、
「平二さん、お早うがす。」と云って向うに立ちあがりましたので平二はぶつぶつ云いながら又《また》のっそりと向うへ行ってしまいました。
その芝原へ杉を植えることを嘲笑《わら》ったものは決して平二だけではありませんでした。あんな処に杉など育つものでもない、底は硬《かた》い粘土《ねんど》なんだ、やっぱり馬鹿
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