「ぬすとはたしかに盗森に相違《そうい》ない。おれはあけがた、東の空のひかりと、西の月のあかりとで、たしかにそれを見届けた。しかしみんなももう帰ってよかろう。粟《あわ》はきっと返させよう。だから悪く思わんで置け。一体盗森は、じぶんで粟餅《あわもち》をこさえて見たくてたまらなかったのだ。それで粟も盗んで来たのだ。はっはっは。」
 そして岩手山は、またすましてそらを向きました。男はもうその辺に見えませんでした。
 みんなはあっけにとられてがやがや家《うち》に帰って見ましたら、粟はちゃんと納屋に戻《もど》っていました。そこでみんなは、笑って粟もちをこしらえて、四《よ》つの森に持って行きました。
 中でもぬすと森には、いちばんたくさん持って行きました。その代り少し砂がはいっていたそうですが、それはどうも仕方なかったことでしょう。
 さてそれから森もすっかりみんなの友だちでした。そして毎年《まいねん》、冬のはじめにはきっと粟餅を貰《もら》いました。
 しかしその粟餅も、時節がら、ずいぶん小さくなったが、これもどうも仕方がないと、黒坂森のまん中のまっくろな巨《おお》きな巌《いわ》がおしまいに云っ
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