あけて見よう。」と云いながらそれをあけて見ますと、中には無くなった農具が九つとも、ちゃんとはいっていました。
 それどころではなく、まんなかには、黄金《きん》色の目をした、顔のまっかな山男が、あぐらをかいて座《すわ》っていました。そしてみんなを見ると、大きな口をあけてバアと云いました。
 子供らは叫んで逃げ出そうとしましたが、大人はびくともしないで、声をそろえて云いました。
「山男、これからいたずら止《や》めて呉《け》ろよ。くれぐれ頼《たの》むぞ、これからいたずら止めで呉ろよ。」
 山男は、大へん恐縮《きょうしゅく》したように、頭をかいて立って居《お》りました。みんなはてんでに、自分の農具を取って、森を出て行こうとしました。
 すると森の中で、さっきの山男が、
「おらさも粟餅持って来て呉ろよ。」と叫んでくるりと向うを向いて、手で頭をかくして、森のもっと奥へ走って行きました。
 みんなはあっはあっはと笑って、うちへ帰りました。そして又《また》粟餅をこしらえて、狼森と笊森に持って行って置いてきました。
 次の年の夏になりました。平らな処《ところ》はもうみんな畑です。うちには木小屋がついたり、大きな納屋《なや》が出来たりしました。
 それから馬も三疋になりました。その秋のとりいれのみんなの悦《よろこ》びは、とても大へんなものでした。
 今年こそは、どんな大きな粟餅をこさえても、大丈夫《だいじょうぶ》だとおもったのです。
 そこで、やっぱり不思議なことが起りました。
 ある霜の一面に置いた朝納屋のなかの粟が、みんな無くなっていました。みんなはまるで気が気でなく、一生けん命、その辺をかけまわりましたが、どこにも粟は、一粒《ひとつぶ》もこぼれていませんでした。
 みんなはがっかりして、てんでにすきな方へ向いて叫《さけ》びました。
「おらの粟知らないかあ。」
「知らないぞお。」森は一ぺんにこたえました。
「さがしに行くぞ。」とみんなは叫びました。
「来お。」と森は一斉《いっせい》にこたえました。
 みんなは、てんでにすきなえ物を持って、まず手近の狼森《オイノもり》に行きました。
 狼《オイノ》共は九疋共もう出て待っていました。そしてみんなを見て、フッと笑って云《い》いました。
「今日も粟餅だ。ここには粟なんか無い、無い、決して無い。ほかをさがしてもなかったらまたここへおいで。」
 みんなはもっともと思って、そこを引きあげて、今度は笊森へ行きました。
 すると赤つらの山男は、もう森の入口に出ていて、にやにや笑って云いました。
「あわもちだ。あわもちだ。おらはなっても取らないよ。粟をさがすなら、もっと北に行って見たらよかべ。」
 そこでみんなは、もっともだと思って、こんどは北の黒坂森、すなわちこのはなしを私に聞かせた森の、入口に来て云いました。
「粟を返して呉《け》ろ。粟を返して呉ろ。」
 黒坂森は形を出さないで、声だけでこたえました。
「おれはあけ方、まっ黒な大きな足が、空を北へとんで行くのを見た。もう少し北の方へ行って見ろ。」そして粟餅のことなどは、一言も云わなかったそうです。そして全くその通りだったろうと私も思います。なぜなら、この森が私へこの話をしたあとで、私は財布《さいふ》からありっきりの銅貨を七銭《しちせん》出して、お礼にやったのでしたが、この森は仲々受け取りませんでした、この位気性がさっぱりとしていますから。
 さてみんなは黒坂森の云うことが尤《もっと》もだと思って、もう少し北へ行きました。
 それこそは、松のまっ黒な盗森《ぬすともり》でした。ですからみんなも、
「名からしてぬすと臭《くさ》い。」と云いながら、森へ入って行って、「さあ粟返せ。粟返せ。」とどなりました。
 すると森の奥から、まっくろな手の長い大きな大きな男が出て来て、まるでさけるような声で云いました。
「何だと。おれをぬすとだと。そう云うやつは、みんなたたき潰《つぶ》してやるぞ。ぜんたい何の証拠《しょうこ》があるんだ。」
「証人がある。証人がある。」とみんなはこたえました。
「誰《たれ》だ。畜生《ちくしょう》、そんなこと云うやつは誰だ。」と盗森は咆《ほ》えました。
「黒坂森だ。」と、みんなも負けずに叫びました。
「あいつの云うことはてんであてにならん。ならん。ならん。ならんぞ。畜生。」と盗森はどなりました。
 みんなももっともだと思ったり、恐《おそ》ろしくなったりしてお互《たがい》に顔を見合せて逃げ出そうとしました。
 すると俄《にわか》に頭の上で、
「いやいや、それはならん。」というはっきりした厳《おごそ》かな声がしました。
 見るとそれは、銀の冠《かんむり》をかぶった岩手山でした。盗森の黒い男は、頭をかかえて地に倒《たお》れました。
 岩手山はしずかに云いました
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