「ぬすとはたしかに盗森に相違《そうい》ない。おれはあけがた、東の空のひかりと、西の月のあかりとで、たしかにそれを見届けた。しかしみんなももう帰ってよかろう。粟《あわ》はきっと返させよう。だから悪く思わんで置け。一体盗森は、じぶんで粟餅《あわもち》をこさえて見たくてたまらなかったのだ。それで粟も盗んで来たのだ。はっはっは。」
 そして岩手山は、またすましてそらを向きました。男はもうその辺に見えませんでした。
 みんなはあっけにとられてがやがや家《うち》に帰って見ましたら、粟はちゃんと納屋に戻《もど》っていました。そこでみんなは、笑って粟もちをこしらえて、四《よ》つの森に持って行きました。
 中でもぬすと森には、いちばんたくさん持って行きました。その代り少し砂がはいっていたそうですが、それはどうも仕方なかったことでしょう。
 さてそれから森もすっかりみんなの友だちでした。そして毎年《まいねん》、冬のはじめにはきっと粟餅を貰《もら》いました。
 しかしその粟餅も、時節がら、ずいぶん小さくなったが、これもどうも仕方がないと、黒坂森のまん中のまっくろな巨《おお》きな巌《いわ》がおしまいに云っていました。



底本:「注文の多い料理店」新潮文庫、新潮社
   1990(平成2)年5月25日発行
   1997(平成9)年5月10日17刷
初出:「イーハトヴ童話 注文の多い料理店」盛岡市杜陵出版部・東京光原社
   1924(大正13)年12月1日
入力:土屋隆
校正:noriko saito
2005年1月26日作成
青空文庫作成ファイル:
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