こそじつに将軍が、三十年も、国境の空気の乾いた砂漠《さばく》のなかで、重いつとめを肩に負ひ、一度も馬を下りないために、馬とひとつになつたのだ。おまけに砂漠のまん中で、どこにも草の生えるところがなかつたために、多分はそれが将軍の顔を見付けて生えたのだらう。灰いろをしたふしぎなものがもう将軍の顔や手や、まるでいちめん生えてゐた。兵隊たちにも生えてゐた。そのうち使ひの大臣は、だんだん近くやつて来て、もうまつさきの大きな槍《やり》や、旗のしるしも見えて来た。
 将軍、馬を下りなさい。王様からのお迎ひです。将軍、馬を下りなさい。向ふの列で誰《だれ》か云ふ。将軍はまた手をばたばたしたが、やつぱりからだがはなれない。
 ところが迎ひの大臣は、鮒《ふな》よりひどい近眼だつた。わざと馬から下りないで、両手を振つて、みんなに何か命令してると考へた。
「謀叛《むほん》だな。よし。引き上げろ。」さう大臣はみんなに云つた。そこで大臣一行は、くるつと馬を立て直し、黄いろな塵《ちり》をあげながら、一目散に戻つて行く。ソン将軍はこれを見て肩をすぼめてため息をつき、しばらくぼんやりしてゐたが、俄かにうしろを振り向いて、
前へ 次へ
全24ページ中7ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
宮沢 賢治 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング