つた。
「上手な医者はいつたい誰《だれ》だ。」
一人の大工が返事した。
「それはリンパー先生です。」
「そのリンパーはどこに居る。」
「すぐこの坂のま上です。あの三つある旗のうち、一番左でございます。」
「よろしい、しゆう。」と将軍は、例の白馬《はくば》に一鞭くれて、一気に坂をかけあがる。大工はあとでぶつぶつ云つた。
「何だ、あいつは野蛮なやつだ。ひとからものを教はつて、よろしい、しゆう とはいつたいなんだ。」
ところがバーユー将軍は、そんなことには構はない。そこらをうろうろあるいてゐる、病人たちをはね越えて、門の前まで上つてゐた。なるほど門のはしらには、小医リンパー先生と、金看板がかけてある。
三、リンパー先生
さてソンバーユー将軍は、いまやリンパー先生の、大玄関を乗り切つて、どしどし廊下へ入つて行く。さすがはリンパー病院だ、どの天井も室《へや》の扉《と》も、高さが二丈ぐらゐある。
「医者はどこかね。診てもらひたい。」ソン将軍は号令した。
「あなたは一体何ですか。馬のまんまで入るとは、あんまり乱暴すぎませう。」萌黄《もえぎ》の長い服を着て、頭を剃《そ》つた一人の弟子が、馬のくつわをつかまへた。
「おまへが医者のリンパーか、早くわが輩の病気を診ろ。」
「いゝえ、リンパー先生は、向ふの室に居られます。けれどもご用がおありなら、馬から下りていたゞきたい。」
「いゝや、そいつができんのぢや。馬からすぐに下りれたら、今ごろはもう王様の、前へ行つてた筈《はず》なんぢや。」
「ははあ、馬から降りられない。そいつは脚の硬直だ。そんならいゝです。おいでなさい。」
弟子は向ふの扉をあけた。ソン将軍はぱかぱかと馬を鳴らしてはひつて行つた。中には人がいつぱいで、そのまん中に先生らしい、小さな人が床几《しやうぎ》に座り、しきりに一人の眼を診てゐる。
「ひとつこつちをたのむのぢや。馬から降りられないでなう。」さう将軍はやさしく云つた。ところがリンパー先生は、見向きもしないし動きもしない。やつぱりじつと眼を見てゐる。
「おい、きみ、早くこつちを見んか。」将軍が怒鳴り出したので、病人たちはびくつとした。ところが弟子がしづかに云つた。
「診るには番がありますからな。あなたは九十六番で、いまは六人目ですから、もう九十人お待ちなさい。」
「黙れ、きさまは我輩に、七十二人待てつと云ふか。おれを誰《だれ》だと考へる。北守将軍ソンバーユーだ。九万人もの兵隊を、町の広場に待たせてある。おれが一人を待つことは七万二千の兵隊が、向ふの方で待つことだ。すぐ見ないならけちらすぞ。」将軍はもう鞭《むち》をあげ馬は一いきはねあがり、病人たちは泣きだした。ところがリンパー先生は、やつぱりびくともしてゐない、てんでこつちを見もしない。その先生の右手から、黄の綾《あや》を着た娘が立つて、花瓶《くわびん》にさした何かの花を、一枝とつて水につけ、やさしく馬につきつけた。馬はぱくつとそれを噛《か》み、大きな息を一つして、ぺたんと四《よつ》つ脚を折り、今度はごうごういびきをかいて、首を落してねむつてしまふ。ソン将軍はまごついた。
「あ、馬のやつ、又参つたな。困つた。困つた。困つた。」と云つて、急いで鎧《よろひ》のかくしから、塩の袋をとりだして、馬に喰べさせようとする。
「おい、起きんかい。あんまり情けないやつだ。あんなにひどく難儀して、やつと都に帰つて来ると、すぐ気がゆるんで死ぬなんて、ぜんたいどういふ考なのか。こら、起きんかい。起きんかい。しつ、ふう、どう、おい、この塩を、ほんの一口たべんかい。」それでも馬は、やつぱりぐうぐうねむつてゐる。ソン将軍はたうとう泣いた。
「おい、きみ、わしはとにかくに、馬だけどうかみてくれたまへ。こいつは北の国境で、三十年もはたらいたのだ。」
むすめはだまつて笑つてゐたが、このときリンパー先生が、いきなりこつちを振り向いて、まるで将軍の胸底から、馬の頭も見徹《みとほ》すやうな、するどい眼をしてしづかに云つた。
「馬はまもなく治ります。あなたの病気をしらべるために、馬を座らせただけです。あなたはそれで向ふの方で、何か病気をしましたか。」
「いゝや、病気はしなかつた。病気は別にしなかつたが、狐《きつね》のために欺《だま》されて、どうもときどき困つたぢや。」
「それは、どういふ風ですか。」
「向ふの狐はいかんのぢや。十万近い軍勢を、たゞ一ぺんに欺すんぢや。夜に沢山火をともしたり、昼間いきなり破漠《さばく》の上に、大きな海をこしらへて、城や何かも出したりする。全くたちが悪いんぢや。」
「それを狐《きつね》がしますのですか。」
「狐とそれから、砂鶻《サコツ》ぢやね、砂鶻というて鳥なんぢや。こいつは人の居《を》らないときは、高い処を飛んでゐて、誰《だ
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