んで門をあけようとして、番兵たちに叱《しか》られるもの、もちろん王のお宮へは使が急いで走つて行き、城門の扉《と》はぴしやんと開《あ》いた。おもての方の兵隊たちも、もううれしくて、馬にすがつて泣いてゐる。
顔から肩から灰いろの、北守将軍ソンバーユーは、わざとくしやくしや顔をしかめ、しづかに馬のたづなをとつて、まつすぐを向いて先登に立ち、それからラッパや太鼓の類、三角ばたのついた槍《やり》、まつ青に錆《さ》びた銅のほこ、それから白い矢をしよつた、兵隊たちが入つてくる。馬は太鼓に歩調を合せ、殊にもさきのソン将軍の白馬《しろうま》は、歩くたんびに膝《ひざ》がぎちぎち音がして、ちやうどひやうしをとるやうだ。兵隊たちは軍歌をうたふ。
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「みそかの晩とついたちは
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砂漠《さばく》に黒い月が立つ。
西と南の風の夜は
月は冬でもまつ赤だよ。
雁《がん》が高みを飛ぶときは
敵が遠くへ遁《に》げるのだ。
追はうと馬にまたがれば
にはかに雪がどしやぶりだ。」
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兵隊たちは進んで行つた。九万の兵といふものはたゞ見ただけでもぐつたりする。
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「雪の降る日はひるまでも
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そらはいちめんまつくらで
わづかに雁の行くみちが
ぼんやり白く見えるのだ。
砂がこごえて飛んできて
枯れたよもぎをひつこぬく。
抜けたよもぎは次次と
都の方へ飛んで行く。」
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みんなは、みちの両側に、垣《かき》をきづいて、ぞろつとならび、泪《なみだ》を流してこれを見た。
かくて、バーユー将軍が、三町ばかり進んで行つて、町の広場についたとき、向ふのお宮の方角から、黄いろな旗がひらひらして、誰《たれ》かこつちへやつてくる。これはたしかに知らせが行つて、王から迎ひが来たのである。
ソン将軍は馬をとめ、ひたひに高く手をかざし、よくよくそれを見きはめて、それから俄《には》かに一礼し、急いで、馬を降りようとした。ところが馬を降りれない、もう将軍の両足は、しつかり馬の鞍《くら》につき、鞍はこんどは、がつしりと馬の背中にくつついて、もうどうしてもはなれない。さすが豪気の将軍も、すつかりあわてて赤くなり、口をびくびく横に曲げ、一生けん命、はね下りようとするのだが、どうにもからだがうごかなかつた。あゝこれこそじつに将軍が、三十年も、国境の空気の乾いた砂漠《さばく》のなかで、重いつとめを肩に負ひ、一度も馬を下りないために、馬とひとつになつたのだ。おまけに砂漠のまん中で、どこにも草の生えるところがなかつたために、多分はそれが将軍の顔を見付けて生えたのだらう。灰いろをしたふしぎなものがもう将軍の顔や手や、まるでいちめん生えてゐた。兵隊たちにも生えてゐた。そのうち使ひの大臣は、だんだん近くやつて来て、もうまつさきの大きな槍《やり》や、旗のしるしも見えて来た。
将軍、馬を下りなさい。王様からのお迎ひです。将軍、馬を下りなさい。向ふの列で誰《だれ》か云ふ。将軍はまた手をばたばたしたが、やつぱりからだがはなれない。
ところが迎ひの大臣は、鮒《ふな》よりひどい近眼だつた。わざと馬から下りないで、両手を振つて、みんなに何か命令してると考へた。
「謀叛《むほん》だな。よし。引き上げろ。」さう大臣はみんなに云つた。そこで大臣一行は、くるつと馬を立て直し、黄いろな塵《ちり》をあげながら、一目散に戻つて行く。ソン将軍はこれを見て肩をすぼめてため息をつき、しばらくぼんやりしてゐたが、俄かにうしろを振り向いて、軍師の長を呼び寄せた。
「おまへはすぐに鎧《よろひ》を脱いで、おれの刀と弓をもち、早くお宮へ行つてくれ。それから誰かにかう云ふのだ。北守将軍ソンバーユーは、あの国境の砂漠の上で、三十年のひるも夜も、馬から下りるひまがなく、たうとうからだが鞍につき、そのまた鞍が馬について、どうにもお前へ出られません。これからお医者に行きまして、やがて参内いたします。かうていねいに云つてくれ。」
軍師の長はうなづいて、すばやく鎧と兜《かぶと》を脱ぎ、ソン将軍の刀をもつて、一目散にかけて行く。ソン将軍はみんに云つた。
「全軍しづかに馬をおり、兜をぬいで地に座れ。ソン大将はたゞ今から、ちよつとお医者へ行つてくる。そのうち音をたてないで、じいつとやすんでゐてくれい。わかつたか。」
「わかりました。将軍」兵隊共は声をそろへて一度に叫ぶ。将軍はそれを手で制し、急いで馬に鞭《むち》うつた。たびたびペたんと砂漠《さばく》に寝た、この有名な白馬《しろうま》は、こゝで最後の力を出し、がたがたがたがた鳴りながら、風より早くかけ出した。さて将軍は十町ばかり、夢中で馬を走らせて、大きな坂の下に来た。それから俄《には》かにかう云
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