んで門をあけようとして、番兵たちに叱《しか》られるもの、もちろん王のお宮へは使が急いで走つて行き、城門の扉《と》はぴしやんと開《あ》いた。おもての方の兵隊たちも、もううれしくて、馬にすがつて泣いてゐる。
 顔から肩から灰いろの、北守将軍ソンバーユーは、わざとくしやくしや顔をしかめ、しづかに馬のたづなをとつて、まつすぐを向いて先登に立ち、それからラッパや太鼓の類、三角ばたのついた槍《やり》、まつ青に錆《さ》びた銅のほこ、それから白い矢をしよつた、兵隊たちが入つてくる。馬は太鼓に歩調を合せ、殊にもさきのソン将軍の白馬《しろうま》は、歩くたんびに膝《ひざ》がぎちぎち音がして、ちやうどひやうしをとるやうだ。兵隊たちは軍歌をうたふ。
[#ここから3字下げ]
「みそかの晩とついたちは
[#ここから4字下げ]
砂漠《さばく》に黒い月が立つ。
西と南の風の夜は
月は冬でもまつ赤だよ。
雁《がん》が高みを飛ぶときは
敵が遠くへ遁《に》げるのだ。
追はうと馬にまたがれば
にはかに雪がどしやぶりだ。」
[#ここで字下げ終わり]
 兵隊たちは進んで行つた。九万の兵といふものはたゞ見ただけでもぐつたりする。
[#ここから3字下げ]
「雪の降る日はひるまでも
[#ここから4字下げ]
そらはいちめんまつくらで
わづかに雁の行くみちが
ぼんやり白く見えるのだ。
砂がこごえて飛んできて
枯れたよもぎをひつこぬく。
抜けたよもぎは次次と
都の方へ飛んで行く。」
[#ここで字下げ終わり]
 みんなは、みちの両側に、垣《かき》をきづいて、ぞろつとならび、泪《なみだ》を流してこれを見た。
 かくて、バーユー将軍が、三町ばかり進んで行つて、町の広場についたとき、向ふのお宮の方角から、黄いろな旗がひらひらして、誰《たれ》かこつちへやつてくる。これはたしかに知らせが行つて、王から迎ひが来たのである。
 ソン将軍は馬をとめ、ひたひに高く手をかざし、よくよくそれを見きはめて、それから俄《には》かに一礼し、急いで、馬を降りようとした。ところが馬を降りれない、もう将軍の両足は、しつかり馬の鞍《くら》につき、鞍はこんどは、がつしりと馬の背中にくつついて、もうどうしてもはなれない。さすが豪気の将軍も、すつかりあわてて赤くなり、口をびくびく横に曲げ、一生けん命、はね下りようとするのだが、どうにもからだがうごかなかつた。あゝこれ
前へ 次へ
全12ページ中3ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
宮沢 賢治 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング