や鎧《よろひ》の気配、また号令の声もして、向ふはすつかり、この町を、囲んでしまつた模様であつた。
 番兵たちや、あらゆる町の人たちが、まるでどきどきやりながら、矢を射る孔《あな》からのぞいて見た。壁の外から北の方、まるで雲霞《うんか》の軍勢だ。ひらひらひかる三角旗や、ほこがさながら林のやうだ。ことになんとも奇体なことは、兵隊たちが、みな灰いろでぼさぼさして、なんだかけむりのやうなのだ。するどい眼《め》をして、ひげが二いろまつ白な、せなかのまがつた大将が、尻尾《しつぽ》が箒《はうき》のかたちになつて、うしろにぴんとのびてゐる白馬《はくば》に乗つて先頭に立ち、大きな剣を空にあげ、声高々と歌つてゐる。
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「北守将軍ソンバーユーは
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いま塞外《さいぐわい》の砂漠《さばく》から
やつとのことで戻つてきた。
勇ましい凱旋《がいせん》だと云ひたいが
実はすつかり参つて来たのだ
とにかくあすこは寒い処《ところ》さ。
三十年といふ黄いろなむかし
おれは十万の軍勢をひきゐ
この門をくぐつて威張つて行つた。
それからどうだもう見るものは空ばかり
風は乾いて砂を吹き
雁《かり》さへ干せてたびたび落ちた
おれはその間馬でかけ通し
馬がつかれてたびたびペタンと座り
涙をためてはじつと遠くの砂を見た。
その度ごとにおれは鎧《よろひ》のかくしから
塩をすこうし取り出して
馬に嘗《な》めさせては元気をつけた。
その馬も今では三十五歳
五里かけるにも四時間かゝる
それからおれはもう七十だ。
とても帰れまいと思つてゐたが
ありがたや敵が残らず脚気《かくけ》で死んだ
今年の夏はへんに湿気が多かつたでな。
それに脚気の原因が
あんまりこつちを追ひかけて
砂を走つたためなんだ
さうしてみればどうだやつぱり凱旋だらう。
殊にも一つほめられていゝことは
十万人もでかけたものが
九万人まで戻つて来た。
死《しん》だやつらは気の毒だが
三十年の間には
たとへいくさに行かなくたつて
一割ぐらゐは死ぬんぢやないか。
そこでラユーのむかしのともよ
またこどもらよきやうだいよ
北守将軍ソンバーユーと
その軍勢が帰つたのだ
門をあけてもいゝではないか。」
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 さあ城壁のこつちでは、沸《わ》きたつやうな騒動だ。うれしまぎれに泣くものや、両手をあげて走るもの、じぶ
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