た紳士はもうひとりの外套を沢山もつた紳士と喧嘩《けんくわ》をしましたがそのあとの方の人はたうとう負て寝たふりをしてしまひました。
紳士はそこでつゞけさまにウヰスキーの小さなコツプを十二ばかりやりましたらすつかり酔ひがまはつてもう目を細くして唇《くちびる》をなめながらそこら中の人に見あたり次第くだを巻きはじめました。
『ね、おい、氷河鼠の頸のところの毛皮だけだぜ。えゝ、氷河鼠の上等さ。君、君、百十六疋の分なんだ。君、君|斯《か》う見渡すといふと外套二枚ぐらゐのお方もずゐぶんあるやうだが外套二枚ぢやだめだねえ、君は三枚だからいいね、けれども、君、君、君のその外套《ぐわいたう》は全体それは毛ぢやないよ。君はさつきモロツコ狐《ぎつね》だとか云《い》つたねえ。どうしてどうしてちやんとわかるよ。それはほんとの毛ぢやないよ。ほんとの毛皮ぢやないんだよ』
『失敬なことを云ふな。失敬な』
『いゝや、ほんとのことを云ふがね、たしかにそれはにせものだ。絹糸で拵《こしら》へたんだ』
『失敬なやつだ。君はそれでも紳士かい』
『いゝよ。僕は紳士でもせり売屋でも何でもいゝ。君のその毛皮はにせものだ』
『野蕃《やば
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