のふゞきの中に消えてしまひました。こゝまではたしかに私も知つてゐます。
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列車がイーハトヴの停車場をはなれて荷物が棚《たな》や腰掛の下に片附き、席がすつかりきまりますとみんなはまづつくづくと同じ車の人たちの顔つきを見まはしました。
一つの車には十五人ばかりの旅客が乗つてゐましたがそのまん中には顔の赤い肥《ふと》つた紳士がどつしりと腰掛けてゐました。その人は毛皮を一杯に着込んで、二人前の席をとり、アラスカ金の大きな指環《ゆびわ》をはめ、十連発のぴかぴかする素敵な鉄砲を持つていかにも元気さう、声もきつとよほどがらがらしてゐるにちがひないと思はれたのです。
近くにはやつぱり似たやうななりの紳士たちがめいめい眼鏡《めがね》を外したり時計を見たりしてゐました。どの人も大へん立派でしたがまん中の人にくらべては少し痩《やせ》てゐました。向ふの隅《すみ》には痩た赤ひげの人が北極狐《ほくきよくぎつね》のやうにきよとんとすまして腰を掛けこちらの斜《はす》かひの窓のそばにはかたい帆布《はんぷ》の上着を着て愉快さうに自分にだけ聞えるやうな微《かす》かな口笛を吹いてゐる若い船乗りらしい男が乗つてゐました。そのほか痩て眉《まゆ》も深く刻み陰気な顔を外套《ぐわいたう》のえりに埋てゐる人さつぱり何でもないといふやうにもう睡《ねむ》りはじめた商人風の人など三四人|居《を》りました。
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汽車は時々素通りする停車場の踏切でがたつと横にゆれながら一生けん命ふゞきの中をかけました。しかしその吹雪もだん/\をさまつたのかそれとも汽車が吹雪の地方を越したのか、まもなくみんなは外の方から空気に圧《お》しつけられるやうな気がし、もう外では雪が降つてゐないといふやうに思ひました。黄いろな帆布の青年は立つて自分の窓のカーテンを上げました。そのカーテンのうしろには湯気の凍り付いたぎらぎらの窓ガラスでした。たしかにその窓ガラスは変に青く光つてゐたのです。船乗りの青年はポケツトから小さなナイフを出してその窓の羊歯《しだ》の葉の形をした氷をガリガリ削り落しました。
削り取られた分の窓ガラスはつめたくて実によく透とほり向ふでは山脈の雪が耿々《かうかう》とひかり、その上の鉄いろをしたつめたい空にはまるでたつたいまみがきをかけたやうな青い月がすきつとかゝつてゐました。
野原の雪は青
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