の電燈《あかり》をそのまゝに、   ひさげのこりし桃の顆《み》の、
アムスデンジュンいろ紅き、  ほのかに映えて熟るるらし。



  〔きみにならびて野にたてば〕

きみにならびて野にたてば、  風きららかに吹ききたり、
柏ばやしをとゞろかし、    枯葉を雪にまろばしぬ。

げにもひかりの群青や、    山のけむりのこなたにも、
鳥はその巣やつくろはん、   ちぎれの艸をついばみぬ。



  初七日

落雁と黒き反り橋、     かの児こそ希ひしものを。

あゝくらき黄泉路《よみぢ》の巌に、  その小き掌《て》もて得なんや。

木綿《ゆふ》つけし白き骨箱、    哭き喚《よ》ぶもけはひあらじを。

日のひかり煙を青み、    秋風に児らは呼び交ふ。



  〔林の中の柴小屋に〕

林の中の柴小屋に、 醸し成りたる濁り酒、 一筒汲みて帰り来し、
むかし誉れの神童は、 面青膨れて眼ひかり、 秋はかたむく山里を、
どてら着て立つ風の中。 西は縮れて雲傷み、 青き大野のあちこちに、
雨かとそゝぐ日のしめり、 こなたは古りし苗代の、 刈敷朽ちぬと水黝き、
なべて丘にも林にも、 たゞ鳴る松の声なれば、 あはれさびしと我家の、
門立ち入りて白壁も、 落ちし土蔵の奥二階、 梨の葉かざす窓べにて、
筒のなかばを傾けて、 その歯に風を吸ひつゝも、 しばしをしんとものおもひ、
夜に日をかけて工み来し、 いかさまさいをぞ手にとりにける。



  〔水霜繁く霧たちて〕

水霜繁く霧たちて、  すすきは濡《そほ》ぢ幾そたび、
馬はこむらをふるはしぬ。

(荷繩を投げよはや荷繩)


雉子鳴くなりその雉子、  人なき家の暁を、
歩み漁りて叫ぶらし。



  〔あな雪か 屠者のひとりは〕

「あな雪か。」屠者のひとりは、  みなかみの闇をすかしぬ。

車押すみたりはうみて、      いらへなく橋板ふみぬ。

「雉なりき青く流れし。」      声またもわぶるがごとき。

落合に水の声して、        老いの屠者たゞ舌打ちぬ。



  著者

造園学のテキストに、   おのれが像を百あまり、
著者の原図と銘うちて、  かゝげしことも夢なれやと、
青き夕陽の寒天や、    U字の梨のかなたより、
革の手袋はづしつゝ、   しづにおくびし歩みくる。



  〔ほのあかり秋のあぎとは〕

ほのあかり秋のあぎとは、   ももどりのねぐらをめぐり、
官《つかさ》の手からくのがれし、    社司の子のありかを知らず。

社殿にはゆふべののりと、   ほのかなる泉の声や、
そのはははことなきさまに、  しらたまのもちひをなせる。



  〔毘沙門の堂は古びて〕

毘沙門の堂は古びて、    梨白く花咲きちれば、
胸疾みてつかさをやめし、  堂守の眼やさしき。

中ぞらにうかべる雲の、   蓋やまた椀《まり》のさまなる、
川水はすべりてくらく、   草火のみほのに燃えたれ。



  雪の宿

ぬさをかざして山つ祇、   舞ふはぶらいの町の書記、
うなじはかなく瓶《へい》とるは、  峡には一のうためなり。

をさけびたけり足ぶみて、  をどりめぐれるすがたゆゑ、
老いし博士《はくし》や郡長《こほりおさ》、     やゝ凄涼のおもひなり。

月や出でにし雪青み、    をちこち犬の吠ゆるころ、
舞ひを納めてひれふしつ、  罪乞ふさまにみじろがず。

あなや否とよ立てきみと、  博士が云へばたちまちに、
けりはねあがり山つ祇、   をみなをとりて消えうせぬ。



  [川しろじろとまじはりて]

川しろじろとまじはりて、   うたかたしげきこのほとり、
病きつかれわが行けば、    そらのひかりぞ身を責むる。

宿世のくるみはんの毬、    干割れて青き泥岩に、
はかなきかなやわが影の、   卑しき鬼をうつすなり。

蒼茫として夏の風、      草のみどりをひるがへし、
ちらばる蘆のひら吹きて、   あやしき文字を織りなしぬ。

生きんに生きず死になんに、  得こそ死なれぬわが影を、
うら濁る水はてしなく、    さゝやきしげく洗ふなり。



  風桜

風にとぎるゝ雨脚や、     みだらにかける雲のにぶ。

まくろき枝もうねりつゝ、   さくらの花のすさまじき。

あたふた黄ばみ雨を縫ふ、   もずのかしらのまどけきを。

いよよにどよみなみだちて、  ひかり青らむ花の梢《うれ》。



  萎花

酒精のかをり硝銀の、       肌膚灼くにほひしかもあれ、
大展覧の花むらは、        夏夜あざらに息づきぬ。

そは牛飼ひの商ひの、       はた鉄うてるもろ人の、
さこそつちかひはぐくみし、    四百の花のラムプなり。

声さやかな
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