なすことはさながらに、  風葱嶺に鳴るがごとし。

時しもあれや松の雪、  をちこちどどと落ちたれば、
室ぬちとみに明るくて、  品は四請を了へにけり。



  悍馬〔一〕

毛布の赤に頭《づ》を縛び、     陀羅尼をまがふことばもて、
罵りかはし牧人ら、      貴きアラヴの種馬の、
息あつくしていばゆるを、   まもりかこみてもろともに、
雪の火山の裾野原、      赭き柏を過ぎくれば、
山はいくたび雲※[#「さんずい+翁」、第4水準2−79−5、16−6]の、     藍のなめくぢ角のべて、
おとしけおとしいよいよに、  馬を血馬となしにけり。



  〔そのときに酒代つくると〕

そのときに酒代つくると、  夫《つま》はまた裾野に出でし。
そのときに重瞳の妻《め》は、   はやくまた闇を奔りし。
柏原風とゞろきて、     さはしぎら遠くよばひき。
馬はみな泉を去りて、    山ちかくつどひてありき。



  〔月の鉛の雲さびに〕

月の鉛の雲さびに、     みたりあやつり行き過ぎし、
魚や積みけんトラックを、  青かりしやとうたがへば、
松の梢のほのびかり、    霰にはかにそゝぎくる。



  〔こらはみな手を引き交へて〕

こらはみな手を引き交へて、  巨けく蒼きみなかみの、
つつどり声をあめふらす、   水なしの谷に出で行きぬ。

廐に遠く鐘鳴りて、      さびしく風のかげろへば、
小さきシャツはゆれつゝも、  こらのおらびはいまだ来ず。



  〔翔けりゆく冬のフエノール〕

翔けりゆく冬のフエノール、  ポプラとる黒雲の椀《わん》。

留学の序を憤り、       中庭にテニス拍つ人。



  退職技手

こぞりてひとを貶《おと》しつゝ、   わかれうたげもすさまじき、
おのれこよひは暴《あ》れんぞと、  青き瓶袴も惜しげなく、
籾緑金に生えそめし、     代にひたりて田螺ひろへり。



  〔月のほのほをかたむけて〕

月のほのほをかたむけて、   水杵はひとりありしかど、
搗けるはまこと喰《は》みも得ぬ、  渋きこならの実なりけり。

さらばとみちを横ぎりて、   束せし廐肥の幾十つら、
祈るがごとき月しろに、    朽ちしとぼそをうかゞひぬ。

まどろむ馬の胸にして、    おぼろに鈴は音をふるひ、
山の焼畑 石の畑、      人もはかなくうまいしき。

人なき山彙《やま》の二日路を、    夜さりはせ来し酉蔵は、
塩のうるひの茎噛みて、    ふたゝび遠く遁れけり。



  〔萌黄いろなるその頸を〕

萌黄いろなるその頸を、   直くのばして吊るされつ、
吹雪きたればさながらに、  家鴨は船のごとくなり。

絣合羽の巡礼に、      五厘報謝の夕まぐれ、
わかめと鱈に雪つみて、   鮫の黒身も凍りけり。



  〔氷柱かゞやく窓のべに〕

氷柱かゞやく窓のべに、  「獺」とよばるゝ主幹ゐて、
横めきびしく扉《ドア》を見る。

赤き九谷に茶をのみて、  片頬ほゝゑむ獺主幹、
つらゝ雫をひらめかす。



  来賓

狩衣黄なる別当は、       眉をけはしく茶をのみつ。

袴羽織のお百姓、        ふたり斉しく茶をのみつ。

窓をみつめて校長も、      たゞひたすらに茶をのみつ。

しやうふを塗れるガラス戸を、  学童《こ》らこもごもにのぞきたり。



  五輪峠

五輪峠と名づけしは、   地輪水輪また火風、
(巌のむらと雪の松)   峠五つの故ならず。

ひかりうづまく黒の雲、  ほそぼそめぐる風のみち、
苔蒸す塔のかなたにて、  大野青々みぞれしぬ。



  流氷《ザエ》

はんのきの高き梢《うれ》より、    きらゝかに氷華をおとし、
汽車はいまやゝにたゆたひ、  北上のあしたをわたる。

見はるかす段丘の雪、     なめらかに川はうねりて、
天青石《アヅライト》まぎらふ水は、     百千の流氷《ザエ》を載せたり。

あゝきみがまなざしの涯、   うら青く天盤は澄み、
もろともにあらんと云ひし、  そのまちのけぶりは遠き。

南はも大野のはてに、     ひとひらの吹雪わたりつ、
日は白くみなそこに燃え、   うららかに氷はすべる。



  〔夜をま青き藺むしろに〕

夜をま青き藺むしろに、   ひとびとの影さゆらげば、
遠き山ばた谷のはた、    たばこのうねの想ひあり。

夏のうたげにはべる身の、  声をちゞれの髪をはぢ、
南かたぶく天の川、     ひとりたよりとすかし見る。



  〔あかつき眠るみどりごを〕

あかつき眠るみどりごを、   ひそかに去りて小店さき、
しとみ上ぐれば川音や、    霧はさやかに流れたり。

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