るをとめらは、     おのおのよきに票を投げ、
高木検事もホップ噛む、      にがきわらひを頬になしき。

卓をめぐりて会長が、       メダルを懸くる午前二時、
カクタス、ショウをおしなべて、  花はうつゝもあらざりき。



  〔秘事念仏の大師匠〕〔一〕

秘事念仏の大師匠、    元真斎は妻子して、
北上岸にいそしみつ、   いまぞ昼餉をしたゝむる。

卓のさまして緑なる、   小松と紅き萱の芽と、
雪げの水にさからひて、  まこと睡たき南かぜ。

むしろ帆張りて酒船の、  ふとあらはるゝまみまぢか、
をのこは三たり舷に、   こちを見おろし見すくむる。

元真斎はやるせなみ、   眼をそらす川のはて、
塩の高菜をひた噛めば、  妻子もこれにならふなり。



  麻打

楊葉の銀とみどりと、   はるけきは青らむけぶり。

よるべなき水素の川に、  ほとほとと麻苧うつ妻。



  驟雨

驟雨そゝげば新墾《にひはり》の、    まづ立ちこむるつちけむり。

湯気のぬるきに人たちて、  故なく憤る身は暗し。

すでに野ばらの根を浄み、  蟻はその巣をめぐるころ。

杉には水の幡かゝり、    しぶきほのかに拡ごりぬ。



  〔血のいろにゆがめる月は〕

血のいろにゆがめる月は、  今宵また桜をのぼり、
患者たち廊のはづれに、   凶事の兆を云へり。

木がくれのあやなき闇を、  声細くいゆきかへりて、
熱植ゑし黒き綿羊、     その姿いともあやしき。

月しろは鉛糖のごと、    柱列の廊をわたれば、
コカインの白きかをりを、  いそがしくよぎる医師あり。

しかもあれ春のをとめら、  なべて且つ耐へほゝゑみて、
水銀の目盛を数へ、     玲瓏の氷を割きぬ。



  車中〔一〕

夕陽の青き棒のなかにて、  開化郷士と見ゆるもの、
葉巻のけむり蒼茫と、    森槐南を論じたり。

開化郷士と見ゆるもの、   いと清純とよみしける、
寒天光のうら青に、     おもてをかくしひとはねむれり。



  村道

朝日かゞやく水仙を、     になひてくるは詮之助、
あたまひかりて過ぎ行くは、  枝を杖つく村老ヤコブ。

影と並木のだんだらを、    犬レオナルド足織れば、
売り酒のみて熊之進、     赤眼に店をばあくるなり。



  〔
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