、  旋り了りてまこと明るし。



  公子


桐群に臘の花洽ち、      雲ははや夏を鋳そめぬ。

熱はてし身をあざらけく、   軟風のきみにかぐへる。

しかもあれ師はいましめて、  点竄の術得よといふ。

桐の花むらさきに燃え、    夏の雲遠くながるゝ。



  〔銅鑼と看版 トロンボン〕


銅鑼と看版 トロンボン、  孤光燈《アークライト》の秋風に、
芸を了りてチャリネの子、  その影小くやすらひぬ。

得も入らざりし村の児ら、  叔父また父の肩にして、
乞ふわが栗を喰《た》うべよと、  泳ぐがごとく競ひ来る。



  〔古き勾当貞斎が〕


古き勾当貞斎が、       いしぶみ低く垂れ覆ひ、
雪の楓は暮れぞらに、     ひかり妖しく狎れにけり。

連れて翔けこしむらすゞめ、  たまゆらりうと羽はりて、
沈むや宙をたちまちに、    りうと羽はり去りにけり。



  涅槃堂


烏らの羽音重げに、  雪はなほ降りやまぬらし。

わがみぬち火はなほ然へて、  しんしんと堂は埋るゝ。

風鳴りて松のさざめき、  またしばし飛びかふ鳥や。

雪の山また雪の丘、  五輪塔 数をしらずも。



  悍馬〔二〕


廐肥《こえ》をはらひてその馬の、  まなこは変る紅《べに》の竜、
けいけい碧きびいどろの、  天をあがきてとらんとす。

黝き菅藻の袍はねて、    叩きそだたく封介に、
雲ののろしはとゞろきて、  こぶしの花もけむるなり。



  巨豚


巨豚ヨークシャ銅の日に、   金毛となりてかけ去れば、
棒をかざして髪ひかり、    追ふや里長のまなむすめ。

日本里長森を出で、      小手をかざして刻を見る、
鬚むしやむしやと物喰むや、  麻布も青くけぶるなり。

日本の国のみつぎとり、    里長を追ひて出で来り、
えりをひらきてはたはたと、  紙の扇をひらめかす。

巨豚ヨークシャ銅の日を、   こまのごとくにかたむきて、
旋れば降《くだ》つ栗の花、      消ゆる里長のまなむすめ。



  眺望


雲環かくるかの峯は、    古生諸層をつらぬきて
侏羅紀に凝りし塩岩の、   蛇紋化せしと知られたり。

青き陽遠くなまめきて、   右に亙せる高原は、
花崗閃緑 削剥の、     時代は諸《もろ》に論《あげつら》ふ。

ま白き波をながしくる、   かの峡川と北上は、
かたみに時を異にして、   ともに一度老いしなれ。

砂壌かなたに受くるもの、  多くは酸えず燐多く
洪積台の埴土壌土《はにひぢ》と、    植物群《フロラ》おのづとわかたれぬ。



 山躑躅


こはやまつつじ丘丘の、  栗また楢にまじはりて、  熱き日ざしに咲きほこる。

なんたる冴えぬなが紅ぞ、  朱もひなびては酸えはてし、  紅土《ラテライト》にもまぎるなり。

いざうちわたす銀の風、  無色の風とまぐはへよ、  世紀の末の児らのため。

さは云へまことやまつつじ、  日影くもりて丘ぬるみ、  ねむたきひるはかくてやすけき。



  〔ひかりものすとうなゐごが〕


ひかりものすとうなゐごが、  ひそにすがりてゆびさせる、
そは高甲の水車場の、     こなにまぶれしそのあるじ、
にはかに咳し身を折りて、   水こぼこぼとながれたる、
よるの胡桃の樹をはなれ、   肩つゝましくすぼめつゝ、
古りたる沼をさながらの、   西の微光にあゆみ去るなり。



  国土


青き草山雑木山、      はた松森と岩の鐘、
ありともわかぬ襞ごとに、  白雲よどみかゞやきぬ。

一石一字をろがみて、    そのかみひそにうづめけん、
寿量の品は神さびて、    みねにそのをに鎮まりぬ。



  〔塀のかなたに嘉莵治かも〕


塀のかなたに嘉莵治かも、     ピアノぽろろと弾きたれば、
一、あかきひのきのさなかより、  春のはむしらをどりいづ。
二、あかつちいけにかゞまりて、  烏にごりの水のめり。

あはれつたなきソプラノは、    ゆふべの雲にうちふるひ、
灰まきびとはひらめきて、     桐のはたけを出できたる。



  四時


時しも岩手軽鉄の、  待合室の古時計、
つまづきながら四時うてば、  助役たばこを吸ひやめぬ。

時しも赭きひのきより、  農学生ら奔せいでて、
雪の紳士のはなづらに、  雪のつぶてをなげにけり。

時しも土手のかなたなる、  郡役所には議員たち、
視察の件を可決して、  はたはたと手をうちにけり。

時しも老いし小使は、  豚にゑさかふバケツして、
農学校の窓下を、  足なづみつゝ過ぎしなれ。



  羅紗売


バビロニ柳掃ひしと、     あゆみをとめし羅紗売りは、
つるべをとりてやゝしばし、  みなみの風に息づきぬ。

しらしら醸す天の川、     はてなく翔ける夜の鳥、
かすかに銭を鳴らしつゝ、   ひとは水《み》繩を繰りあぐる。



  臘月


みふゆの火すばるを高み、  のど嗽ぎあるじ眠れば、
千キロの氷をになひ、    かうかうと水車はめぐる。



  〔天狗蕈 けとばし了へば〕


天狗蕈、けとばし了へば、
親方よ、
朝餉とせずや、こゝな苔むしろ。
 ……りんと引け、
   りんと引けかし。
   +二八!
   その標うちてテープをさめ来!……

山の雲に、ラムネ湧くらし、
親方よ、
雨の中にていつぱいやらずや。



  牛


そは一ぴきのエーシャ牛、  夜の地靄とかれ草に、  角をこすりてたはむるゝ。

窒素工場の火の映えは、   層雲列を赤く焦き、
鈍き砂丘のかなたには、   海わりわりとうち顫ふ、
さもあらばあれ啜りても、  なほ啜り得ん黄銅の
月のあかりのそのゆゑに、  こたびは牛は角をもて、
柵を叩きてたはむるゝ。



  〔秘事念仏の大師匠〕〔二〕


秘事念仏の大師匠、     元信斎は妻子もて、
北上ぎしの南風、      けふぞ陸穂を播きつくる。

雲紫に日は熟れて、     青らみそめし野いばらや、
川は川とてひたすらに、   八功徳水ながしけり。

たまたまその子口あきて、  楊の梢に見とるれば、
元信斎は歯軋りて、     石を発止と投げつくる。

蒼蠅ひかりめぐらかし、   練肥《ダラ》を捧げてその妻は、
たゞ恩人ぞ導師ぞと、    おのが夫《つま》をば拝むなり。



  〔廐肥をになひていくそたび〕


廐肥をになひていくそたび、  まなつをけぶる沖積層《アリビーム》、
水の岸なる新墾畑《にひばり》に、     往来もひるとなりにけり。

エナメルの雲 鳥の声、    唐黍焼きはみてやすらへば、
熱く苦しきその業に、     遠き情事のおもひあり。



  黄昏


花さけるねむの林を、    さうさうと身もかはたれつ、
声ほそく唱歌うたひて、   屠殺士の加吉さまよふ。

いづくよりか烏の尾ばね、  ひるがへりさと堕ちくれば、
黄なる雲いまはたへずと、  オクターヴォしりぞきうたふ。



  式場


氷の雫のいばらを、  液量計の雪に盛り、
鐘を鳴らせばたちまちに、  部長訓辞をなせるなり。


  〔翁面 おもてとなして世経るなど〕


翁面、  おもてとなして世経るなど、  ひとをあざみしそのひまに、
やみほゝけたれつかれたれ、  われは三十ぢをなかばにて、
緊那羅面とはなりにけらしな。



  氷上


月のたはむれ薫《く》ゆるころ、  氷は冴えてをちこちに、 さゞめきしげくなりにけり。

をさけび走る町のこら、  高張白くつらねたる、  明治女塾の舎生たち。

さてはにはかに現はれて、  ひたすらうしろすべりする、 黒き毛剃の庶務課長。

死火山の列雪青く、  よき貴人の死蝋とも、  星の蜘蛛来て網はけり。



  〔うたがふをやめよ〕


うたがふをやめよ、  林は寒くして、
いささかの雪凍りしき、  根まがり杉ものびてゆるゝを。

胸張りて立てよ、  林の雪のうへ、
青き杉葉の落ちちりて、  空にはあまた烏なけるを。

そらふかく息せよ、  杉のうれたかみ、
烏いくむれあらそへば、  氷霧ぞさつとひかり落つるを。



  電気工夫


(直き時計はさま頑《かた》く、   憎《ぞう》に鍛へし瞳《め》は強し)
さはあれ攀ぢる電塔の、   四方に辛夷の花深き。

南風《かけつ》光の網織れば、     ごろろと鳴らす碍子群、
艸火のなかにまじらひて、  蹄のたぐひけぶるらし。



  〔すゝきすがるゝ丘なみを〕


すゝきすがるゝ丘なみを、  にはかにわたる南かぜ、
窪てふ窪はたちまちに、  つめたき渦を噴きあげて、
古きミネルヴァ神殿の、  廃址のさまをなしたれば、
ゲートルきりと頬かむりの、  闘士嘉吉もしばらくは、
萱のつぼけを負ひやめて、  面あやしく立ちにけり。



  〔乾かぬ赤きチョークもて〕


乾かぬ赤きチョークもて、   文を抹して教頭は、
いらかを覆ふ黒雲を、     めがねうつろに息づきぬ。

さびしきすさびするゆゑに、  ぬかほの青き善吉ら、
そらの輻射の六月を、     声なく惨と仰ぎたれ。



  〔腐植土のぬかるみよりの照り返し〕


腐植土のぬかるみよりの照り返し、  材木の上のちひさき露店。

腐植土のぬかるみよりの照り返しに、  二銭の鏡あまたならべぬ。

腐植土のぬかるみよりの照り返しに、  すがめの子一人りんと立ちたり。

よく掃除せしラムプをもちて腐植土の、  ぬかるみを駅夫大股に行く。

風ふきて広場広場のたまり水、  いちめんゆれてさゞめきにけり。

こはいかに赤きずぼんに毛皮など、  春木ながしの人のいちれつ。

なめげに見高らかに云ひ木流しら、  鳶をかつぎて過ぎ行きにけり。

列すぎてまた風ふきてぬかり水、  白き西日にさゞめきたてり。

西根よりみめよき女きたりしと、  角の宿屋に眼がひかるなり。

かつきりと額を剃りしすがめの子、  しきりに立ちて栗をたべたり。

腐植土のぬかるみよりの照り返しに  二銭の鏡売るゝともなし。



  中尊寺〔一〕


七重の舎利の小塔に、  蓋なすや緑の燐光。

大盗は銀のかたびら、  をろがむとまづ膝だてば、
赭のまなこたゞつぶらにて、  もろの肱映えかゞやけり。

手触れ得ず十字燐光、  大盗は礼して没《き》ゆる。



  嘆願隊


やがて四時ともなりなんを、  当主いまだに放たれず、
外の面は冬のむらがらす、   山の片面のかゞやける。

二羽の烏の争ひて、      さつと落ち入る杉ばやし、
このとき大気飽和して、    霧は氷と結びけり。



  〔一才のアルプ花崗岩《みかげ》を〕


一才のアルプ花崗岩《みかげ》を、    おのも積む孤輪車《ひとつわぐるま》。

(山はみな湯噴きいでしぞ)  髪赭きわらべのひとり。

(われらみな主《ぬし》とならんぞ)  みなかみはたがねうつ音。

おぞの蟇みちをよぎりて、   にごり谷けぶりは白し。



  〔小きメリヤス塩の魚〕


小きメリヤス塩の魚、  藻草花菓子烏賊の脳、
雲の縮れの重りきて、  風すさまじく歳暮るゝ。

はかなきかなや夕さりを、  なほふかぶかと物おもひ、
街をうづめて行きまどふ、  みのらぬ村の家長たち。



  〔日本球根商会が〕


日本球根商会が、       よきものなりと販りこせば、
いたつきびとは窓ごとに、   春きたらばとねがひけり。

夜すがら温き春雨に、     風信子華の十六は、
黒き葡萄と噴きいでて、    雫かゞやきむらがりぬ。

さもまがつびのすがたして、  あまりにくらきいろなれば、
朝焼けうつすいちいちの、   窓はむなしくとざされつ。

七面鳥はさまよひて、     ゴブルゴブルとあげつらひ、
小き看護は窓に来て、     あなやなにぞといぶかりぬ。



  庚申


歳に
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