七度はた五つ、 庚の申を重ぬれば、
稔らぬ秋を恐《かしこ》みて、 家長ら塚を理《をさ》めにき。
汗に蝕むまなこゆゑ、 昴《ばう》の鎖の火の数を、
七つと五つあるはたゞ、 一つの雲と仰ぎ見き。
賦役
みねの雪よりいくそたび、 風はあをあを崩れ来て、
萌えし柏をとゞろかし、 きみかげさうを軋らしむ。
おのれと影とたゞふたり、 あれと云はれし業なれば、
ひねもす白き眼して、 放牧《のがひ》の柵をつくろひぬ。
〔商人ら やみていぶせきわれをあざみ〕
商人ら、やみていぶせきわれをあざみ、
川ははるかの峡に鳴る。
ましろきそらの蔓むらに、 雨をいとなむみそさゞい、
黒き砂糖の樽かげを、 ひそかにわたる昼の猫。
病みに恥つむこの郷を、
つめたくすぐる春の風かな。
風底
雪けむり閃めき過ぎて、 ひとしばし汗をぬぐへば、
布づつみになふ時計の、 リリリリとひゞきふるへる。
〔雪げの水に涵されし〕
雪げの水に涵されし、 御料草地のどての上、
犬の皮着てたゞひとり、 菫外線をい行くもの。
ひかりとゞろく雪代の、 土手のきれ目をせな円み、
兎のごとく跳ねたるは、 かの耳しひの牧夫なるらん。
病技師〔二〕
あへぎてくれば丘のひら、 地平をのぞむ天気輪、
白き手巾を草にして、 をとめらみたりまどゐしき。
大寺のみちをこととへど、 いらへず肩をすくむるは、
はやくも死相われにありやと、 粛涼をちの雲を見ぬ。
〔西のあをじろがらん洞〕
西のあをじろがらん洞、 一むらゆげをはきだせば、
ゆげはひろがり環をつくり、 雪のお山を越し申す。
わさび田ここになさんとて、 枯草原にこしおろし、
たばこを吸へばこの泉、 たゞごろごろと鳴り申す。
それわさび田に害あるもの、 一には野馬 二には蟹、
三には視察、四には税、 五は大更の酒屋なり。
山を越したる雲かげは、 雪をそゞろにすべりおり、
やがては藍の松こめや、 虎の斑形を越え申す。
卒業式
三宝または水差しなど、 たとへいくたび紅白の、
甘き澱みに運ぶとも、 鐘鳴るまではカラぬるませじと、
うなじに副へし半巾は、 慈鎮|和《くわ》尚のごとくなり。
〔燈を紅き町の家より〕
燈を紅き町の家より、 いつはりの電話来れば、
(うみべより売られしその子) あわたゞし白木のひのき。
雪の面に低く霧して、 桑の群影ひくなかを、
あゝ鈍びし二重のマント、 銅版の紙片をおもふ。
底本:「新修宮沢賢治全集 第六巻」筑摩書房
1980(昭和55)年2月15日初版第1刷発行
※底本は、1作品が1ページにおさまるように行間を調整している。ただし、このファイルでは、作品の末尾にそのつど[#改ページ]と書き込むことはせず、頁の変わり目ごとに3行をあけた。
※底本は、「作者専用の詩稿用紙に書かれた詩篇を収録し」、多くの詩篇で、詩稿の形式に合わせて上下に二句を配置し、字間スペースなどを調整して下の句の頭が横にそろうように組んである。この形を取っている詩篇に関しては、本ファイルでも、句間を最低全角2字空けとし、下の句の頭を横にそろえた。
入力:junk
校正:今井忠夫
2003年9月4日作成
青空文庫作成ファイル:
このファイルは、インターネットの図書館、青空文庫(http://www.aozora.gr.jp/)で作られました。入力、校正、制作にあたったのは、ボランティアの皆さんです。
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