て、
黄の上着ちぎるゝまゝに、 栗の花降りそめにけり。
演奏会《リサイタル》せんとのしらせ、 いでなんにはや身ふさはず、
豚《ゐのこ》はも金毛となりて、 はてしらず西日に駈ける。
〔白金環の天末を〕
白金環の天末を、 みなかみ遠くめぐらしつ、
大煙突はひさびさに、 くろきけむりをあげにけり。
けむり停まるみぞれ雲、 峡を覆ひてひくければ、
大工業の光景《さま》なりと、 技師も出でたち仰ぎけり。
早春
黒雲峡を乱れ飛び 技師ら亜炭の火に寄りぬ
げにもひとびと祟むるは 青き Gossan 銅の脈
わが索むるはまことのことば
雨の中なる真言なり
来々軒
浙江の林光文は、 かゞやかにまなこ瞠き、
そが弟子の足をゆびさし、 凛としてみじろぎもせず。
ちゞれ雲西に傷みて、 いささかの粉雪ふりしき、
警察のスレートも暮れ、 売り出しの旗もわびしき。
むくつけき犬の入り来て、 ふつふつと釜はたぎれど、
額《ぬか》青き林光文は、 そばだちてまじろぎもせず。
もろともに凍れるごとく、 もろともに刻めるごとく、
雪しろきまちにしたがひ、 たそがれの雲にさからふ。
林館開業
凝灰岩《タフ》もて畳み杉植ゑて、 麗※[#「女+朱」、第3水準1−15−80]六七なまめかし、
南銀河と野の黒に、 その※[#「片+戸/甫」、第3水準1−87−69]々をひらきたり。
数寄《すき》の光壁《くわうへき》更たけて、 千の鱗翅と鞘翅目、
直翅の輩はきたれども、 公子訪へるはあらざりき。
コバルト山地
なべて吹雪のたえまより、 はたしらくものきれまより、
コバルト山地山肌の、 ひらめき酸えてまた青き。
旱害地帯
多くは業にしたがひて 指うちやぶれ眉くらき
学びの児らの群なりき
花と侏儒とを語れども 刻めるごとく眉くらき
稔らぬ土の児らなりき
……村に県《あがた》にかの児らの 二百とすれば四万人
四百とすれば九万人……
ふりさけ見ればそのあたり 藍暮れそむる松むらと
かじろき雪のけむりのみ
〔鐘うてば白木のひのき〕
鐘うてば白木のひのき、 ひかりぐもそらをはせ交ふ。
凍えしやみどりの縮葉甘藍《ケール》、 県視学はかなきものを。
早池峯山巓
石絨《アスベスト》脈なまぬるみ、 苔しろきさが巌にして、
いはかゞみひそかに熟し、 ブリューベル露はひかりぬ。
八重の雲遠くたゝへて、 西東はてをしらねば、
白堊紀の古きわだつみ、 なほこゝにありわぶごとし。
社会主事 佐伯正氏
群れてかゞやく辛夷花樹《マグノリア》、 雪しろたゝくねこやなぎ、
風は明るしこの郷《さと》の、 士《ひと》はそゞろに吝《やぶさ》けき。
まんさんとして漂へば、 水いろあはき日曜《どんたく》の、
馬を相する漢子《をのこ》らは、 こなたにまみを凝すなり。
市日
丹藤《タンド》に越ゆるみかげ尾根、 うつろひかればいと近し。
地蔵菩薩のすがたして、 栗を食《た》うぶる童《わらはべ》と、
縞の粗麻布《ジユート》の胸しぼり、 鏡欲りするその姉と。
丹藤に越ゆる尾根の上に、 なまこの雲ぞうかぶなり。
廃坑
春ちかけれど坑々の、 祠は荒れて天霧し、
事務所飯場もおしなべて、 鳥の宿りとかはりけり。
みちをながるゝ雪代に、 銹びしナイフをとりいでつ、
しばし閲してまもりびと、 さびしく水をはねこゆる。
副業
雨降りしぶくひるすぎを、 青きさゝげの籠とりて、
巨利を獲るてふ副業の、 銀毛兎に餌すなり。
兎はつひにつぐのはね、 ひとは頬あかく美しければ、
べつ甲ゴムの長靴や、 緑のシャツも着くるなり。
紀念写真
学生壇を並び立ち、 教授助教授みな座して、
つめたき風の聖餐を、 かしこみ呼ぶと見えにけり。
(あな虹立てり降るべしや)
(さなりかしこはしぐるらし)
……あな虹立てり降るべしや……
……さなりかしこはしぐるらし……
写真師台を見まはして、 ひとりに面をあげしめぬ。
時しもあれやさんとして、 身を顫はする学の長《をさ》、
雪刷く山の目もあやに、 たゞさんとして身を顫ふ。
……それをののかんそのことの、 ゆゑはにはかに推し得ね、
大礼服にかくばかり、 美しき効果をなさんこと、
いづちの邦の文献か、 よく録しつるものあらん……
しかも手練《てなれ》の写真師が、 三秒ひらく大レンズ、
千の瞳のおのおのに、 朝の虹こそ宿りけれ。
塔中秘事
雪ふかきまぐさのはたけ、 玉蜀黍《きみ》畑|漂雪《フキ》は奔りて、
丘裾の脱穀塔を、 ぼうぼうとひらめき被ふ。
歓喜天そらやよぎりし、 そが青き天《あめ》の窓より、
なにごとか女のわらひ、 栗鼠のごと軋りふるへる。
〔われのみみちにたゞしきと〕
われのみみちにたゞしきと、 ちちのいかりをあざわらひ、
ははのなげきをさげすみて、 さこそは得つるやまひゆゑ、
こゑはむなしく息あへぎ、 春は来れども日に三たび、
あせうちながしのたうてば、 すがたばかりは録されし、
下品ざんげのさまなせり。
朝
旱割れそめにし稲沼に、 いまころころと水鳴りて、
待宵草に置く露も、 睡たき風に萎むなり。
鬼げし風の襖子《あをし》着て、 児ら高らかに歌すれば、
遠き讒誣の傷あとも、 緑青いろにひかるなり。
〔猥れて嘲笑《あざ》めるはた寒き〕
猥れて嘲笑《あざ》めるはた寒き、 凶つのまみをはらはんと
かへさまた経るしろあとの、 天は遷ろふ火の鱗。
つめたき西の風きたり、 あららにひとの秘呪とりて、
粟の垂穂をうちみだし、 すすきを紅く燿《かが》やかす。
岩頸列
西は箱ヶと毒《ドグ》ヶ森、 椀コ、南昌、東根の、
古き岩頸《ネツク》の一列に、 氷霧あえかのまひるかな。
からくみやこにたどりける、 芝雀は旅をものがたり、
「その小屋掛けのうしろには、 寒げなる山によきによきと、
立ちし」とばかり口つぐみ、 とみにわらひにまぎらして、
渋茶をしげにのみしてふ、 そのことまことうべなれや。
山よほのぼのひらめきて、 わびしき雲をふりはらへ、
その雪尾根をかゞやかし、 野面のうれひを燃し了《おほ》せ。
病技師〔一〕
こよひの闇はあたたかし、 風のなかにてなかんなど、
ステッキひけりにせものの、 黒のステッキまたひけり。
蝕む胸をまぎらひて、 こぼと鳴り行く水のはた、
くらき炭素の燈《ひ》に照りて、 飢饉《けかつ》供養の巨石《おほいし》並《な》めり。
酸虹
鵞黄の柳いくそたび、 窓を掃ふと出でたちて、
片頬むなしき郡長、 酸えたる虹をわらふなり。
柳沢野
焼けのなだらを雲はせて、 海鼠のにほひいちじるき。
うれひて蒼き柏ゆゑ、 馬は黒藻に飾らるゝ。
軍事連鎖劇
キネオラマ、 寒天光のたゞなかに、 ぴたと煙草をなげうちし、
上等兵の袖の上、 また背景の暁《あけ》ぞらを、 雲どしどしと飛びにけり。
そのとき角のせんたくや、 まつたくもつて泪をながし、
やがてほそぼそなみだかわき、 すがめひからせ、 トンビのえりを直したりけり。
峡野早春
夜見来《よみこ》の川のくらくして、 斑雪《はだれ》しづかにけむりだつ。
二すぢ白き日のひかり、 ややになまめく笹のいろ。
稔らぬなげきいまさらに、 春をのぞみて深めるを。
雲はまばゆき墨と銀、 波羅蜜山の松を越す。
短夜
屋台を引きて帰りくる、 目あかし町の夜なかすぎ、
うつは数ふるそのひまに、 もやは浅葱とかはりけり。
みづから塗れる伯林青《べれんす》の、 むらをさびしく苦笑ひ、
胡桃覆へる石屋根に、 いまぞねむれと入り行きぬ。
〔水楢松にまじらふは〕
「水楢松にまじらふは、 クロスワードのすがたかな。」
誰かやさしくもの云ひて、 いらへはなくて風吹けり。
「かしこに立てる楢の木は、 片枝青くしげりして、
パンの神にもふさはしき。」 声いらだちてさらに云ふ。
「かのパスを見よ葉桜の、 列は氷雲に浮きいでて、
なが師も説かん順列を、 緑の毬に示したり。」
しばしむなしく風ふきて、 声はさびしく吐息しぬ。
「こたび県の負債せる、 われがとがにはあらざるを。」
硫黄
猛しき現場監督の、 こたびも姿あらずてふ、
元山あたり白雲の、 澱みて朝となりにけり。
青き朝日にふかぶかと、 小馬《ポニー》うなだれ汗すれば、
硫黄は歪み鳴りながら、 か黒き貨車に移さるゝ。
二月
みなかみにふとひらめくは、 月魄の尾根や過ぎけん。
橋の燈《ひ》も顫ひ落ちよと、 まだき吹くみなみ風かな。
あゝ梵の聖衆を遠み、 たよりなく春は来《く》らしを。
電線の喚びの底を、 うちどもり水はながるゝ。
日の出前
学校は、 稗と粟との野末にて、 朝の黄雲に濯はれてあり。
学校の、 ガラス片《ひら》ごとかゞやきて、 あるはうつろのごとくなりけり。
岩手山巓
外輪山の夜明け方、 息吹きも白み競ひ立ち、
三十三の石神に、 米《よね》を注ぎて奔り行く。
雲のわだつみ洞なして、 青野うるうる川湧けば、
あなや春日のおん帯と、 もろびと立ちてをろがみぬ。
車中〔二〕
稜堀山の巌の稜、 一|木《き》を宙に旋るころ
まなじり深き伯楽《はくらく》は、 しんぶんをこそひろげたれ。
地平は雪と藍の松、 氷を着るは七時雨、
ばらのむすめはくつろぎて、 けいとのまりをとりいでぬ。
化物丁場
すなどりびとのかたちして、 つるはしふるふ山かげの、
化物丁場しみじみと、 水湧きいでて春寒き。
峡のけむりのくらければ、 山はに円く白きもの、
おそらくそれぞ日ならんと、 親方《ボス》もさびしく仰ぎけり。
開墾地落上
白髪かざして高清は、 ブロージットと云へるなり。
松の岩頸 春の雲、 コップに小く映るなり。
ゲメンゲラーゲさながらを、 焦げ木はかつとにほふなり。
額を拍ちて高清は、 また鶯を聴けるなり。
〔鶯宿はこの月の夜を雪降るらし〕
鶯宿はこの月の夜を雪降るらし。
鶯宿はこの月の夜を雪降るらし、 黒雲そこにてたゞ乱れたり。
七つ森の雪にうづみしひとつなり、 けむりの下を逼りくるもの。
月の下なる七つ森のそのひとつなり、 かすかに雪の皺たゝむもの。
月をうけし七つ森のはてのひとつなり、 さびしき谷をうちいだくもの。
月の下なる七つ森のその三つなり、 小松まばらに雪を着るもの。
月の下なる七つ森のその二つなり、 オリオンと白き雲とをいたゞけるもの。
七つ森の二つがなかのひとつなり、 鉱石《かね》など掘りしあとのあるもの。
月の下なる七つ森のなかの一つなり、 雪白々と裾を引くもの。
月の下なる七つ森のその三つなり、 白々として起伏するもの。
七つ森の三つがなかの一つなり、 貝のぼたんをあまた噴くもの。
月の下なる七つ森のはての一つなり、 けはしく白く稜立てるもの。
稜立てる七つ森のそのはてのもの
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