窓を掃ふと出でたちて、
片頬むなしき郡長、   酸えたる虹をわらふなり。



  柳沢野


焼けのなだらを雲はせて、  海鼠のにほひいちじるき。

うれひて蒼き柏ゆゑ、  馬は黒藻に飾らるゝ。



  軍事連鎖劇


キネオラマ、  寒天光のたゞなかに、  ぴたと煙草をなげうちし、
上等兵の袖の上、  また背景の暁《あけ》ぞらを、  雲どしどしと飛びにけり。

そのとき角のせんたくや、  まつたくもつて泪をながし、
やがてほそぼそなみだかわき、  すがめひからせ、  トンビのえりを直したりけり。


  峡野早春


夜見来《よみこ》の川のくらくして、  斑雪《はだれ》しづかにけむりだつ。

二すぢ白き日のひかり、   ややになまめく笹のいろ。

稔らぬなげきいまさらに、  春をのぞみて深めるを。

雲はまばゆき墨と銀、    波羅蜜山の松を越す。



  短夜


屋台を引きて帰りくる、   目あかし町の夜なかすぎ、
うつは数ふるそのひまに、  もやは浅葱とかはりけり。

みづから塗れる伯林青《べれんす》の、  むらをさびしく苦笑ひ、
胡桃覆へる石屋根に、    いまぞねむれ
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