に行く。

風ふきて広場広場のたまり水、  いちめんゆれてさゞめきにけり。

こはいかに赤きずぼんに毛皮など、  春木ながしの人のいちれつ。

なめげに見高らかに云ひ木流しら、  鳶をかつぎて過ぎ行きにけり。

列すぎてまた風ふきてぬかり水、  白き西日にさゞめきたてり。

西根よりみめよき女きたりしと、  角の宿屋に眼がひかるなり。

かつきりと額を剃りしすがめの子、  しきりに立ちて栗をたべたり。

腐植土のぬかるみよりの照り返しに  二銭の鏡売るゝともなし。



  中尊寺〔一〕


七重の舎利の小塔に、  蓋なすや緑の燐光。

大盗は銀のかたびら、  をろがむとまづ膝だてば、
赭のまなこたゞつぶらにて、  もろの肱映えかゞやけり。

手触れ得ず十字燐光、  大盗は礼して没《き》ゆる。



  嘆願隊


やがて四時ともなりなんを、  当主いまだに放たれず、
外の面は冬のむらがらす、   山の片面のかゞやける。

二羽の烏の争ひて、      さつと落ち入る杉ばやし、
このとき大気飽和して、    霧は氷と結びけり。



  〔一才のアルプ花崗岩《みかげ》を〕


一才のアルプ花崗岩《みかげ》を、    おのも積む孤輪車《ひとつわぐるま》。

(山はみな湯噴きいでしぞ)  髪赭きわらべのひとり。

(われらみな主《ぬし》とならんぞ)  みなかみはたがねうつ音。

おぞの蟇みちをよぎりて、   にごり谷けぶりは白し。



  〔小きメリヤス塩の魚〕


小きメリヤス塩の魚、  藻草花菓子烏賊の脳、
雲の縮れの重りきて、  風すさまじく歳暮るゝ。

はかなきかなや夕さりを、  なほふかぶかと物おもひ、
街をうづめて行きまどふ、  みのらぬ村の家長たち。



  〔日本球根商会が〕


日本球根商会が、       よきものなりと販りこせば、
いたつきびとは窓ごとに、   春きたらばとねがひけり。

夜すがら温き春雨に、     風信子華の十六は、
黒き葡萄と噴きいでて、    雫かゞやきむらがりぬ。

さもまがつびのすがたして、  あまりにくらきいろなれば、
朝焼けうつすいちいちの、   窓はむなしくとざされつ。

七面鳥はさまよひて、     ゴブルゴブルとあげつらひ、
小き看護は窓に来て、     あなやなにぞといぶかりぬ。



  庚申


歳に七度はた五つ、   庚の申を重ぬれば、
稔らぬ秋を恐《かしこ》みて、   家長ら塚を理《をさ》めにき。

汗に蝕むまなこゆゑ、  昴《ばう》の鎖の火の数を、
七つと五つあるはたゞ、 一つの雲と仰ぎ見き。



  賦役


みねの雪よりいくそたび、  風はあをあを崩れ来て、
萌えし柏をとゞろかし、   きみかげさうを軋らしむ。

おのれと影とたゞふたり、  あれと云はれし業なれば、
ひねもす白き眼して、    放牧《のがひ》の柵をつくろひぬ。



  〔商人ら やみていぶせきわれをあざみ〕


商人ら、やみていぶせきわれをあざみ、
川ははるかの峡に鳴る。

ましろきそらの蔓むらに、 雨をいとなむみそさゞい、
黒き砂糖の樽かげを、   ひそかにわたる昼の猫。

病みに恥つむこの郷を、
つめたくすぐる春の風かな。



  風底


雪けむり閃めき過ぎて、  ひとしばし汗をぬぐへば、
布づつみになふ時計の、  リリリリとひゞきふるへる。



  〔雪げの水に涵されし〕


雪げの水に涵されし、   御料草地のどての上、
犬の皮着てたゞひとり、  菫外線をい行くもの。

ひかりとゞろく雪代の、  土手のきれ目をせな円み、
兎のごとく跳ねたるは、  かの耳しひの牧夫なるらん。



  病技師〔二〕


あへぎてくれば丘のひら、    地平をのぞむ天気輪、
白き手巾を草にして、      をとめらみたりまどゐしき。

大寺のみちをこととへど、    いらへず肩をすくむるは、
はやくも死相われにありやと、  粛涼をちの雲を見ぬ。



  〔西のあをじろがらん洞〕


西のあをじろがらん洞、    一むらゆげをはきだせば、
ゆげはひろがり環をつくり、  雪のお山を越し申す。

わさび田ここになさんとて、  枯草原にこしおろし、
たばこを吸へばこの泉、    たゞごろごろと鳴り申す。

それわさび田に害あるもの、  一には野馬 二には蟹、
三には視察、四には税、    五は大更の酒屋なり。

山を越したる雲かげは、    雪をそゞろにすべりおり、
やがては藍の松こめや、    虎の斑形を越え申す。



  卒業式


三宝または水差しなど、  たとへいくたび紅白の、
甘き澱みに運ぶとも、   鐘鳴るまではカラぬるませじと、
うなじに副へし半巾は、  慈鎮|和《くわ》尚のご
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