てやゝしばし、 みなみの風に息づきぬ。
しらしら醸す天の川、 はてなく翔ける夜の鳥、
かすかに銭を鳴らしつゝ、 ひとは水《み》繩を繰りあぐる。
臘月
みふゆの火すばるを高み、 のど嗽ぎあるじ眠れば、
千キロの氷をになひ、 かうかうと水車はめぐる。
〔天狗蕈 けとばし了へば〕
天狗蕈、けとばし了へば、
親方よ、
朝餉とせずや、こゝな苔むしろ。
……りんと引け、
りんと引けかし。
+二八!
その標うちてテープをさめ来!……
山の雲に、ラムネ湧くらし、
親方よ、
雨の中にていつぱいやらずや。
牛
そは一ぴきのエーシャ牛、 夜の地靄とかれ草に、 角をこすりてたはむるゝ。
窒素工場の火の映えは、 層雲列を赤く焦き、
鈍き砂丘のかなたには、 海わりわりとうち顫ふ、
さもあらばあれ啜りても、 なほ啜り得ん黄銅の
月のあかりのそのゆゑに、 こたびは牛は角をもて、
柵を叩きてたはむるゝ。
〔秘事念仏の大師匠〕〔二〕
秘事念仏の大師匠、 元信斎は妻子もて、
北上ぎしの南風、 けふぞ陸穂を播きつくる。
雲紫に日は熟れて、 青らみそめし野いばらや、
川は川とてひたすらに、 八功徳水ながしけり。
たまたまその子口あきて、 楊の梢に見とるれば、
元信斎は歯軋りて、 石を発止と投げつくる。
蒼蠅ひかりめぐらかし、 練肥《ダラ》を捧げてその妻は、
たゞ恩人ぞ導師ぞと、 おのが夫《つま》をば拝むなり。
〔廐肥をになひていくそたび〕
廐肥をになひていくそたび、 まなつをけぶる沖積層《アリビーム》、
水の岸なる新墾畑《にひばり》に、 往来もひるとなりにけり。
エナメルの雲 鳥の声、 唐黍焼きはみてやすらへば、
熱く苦しきその業に、 遠き情事のおもひあり。
黄昏
花さけるねむの林を、 さうさうと身もかはたれつ、
声ほそく唱歌うたひて、 屠殺士の加吉さまよふ。
いづくよりか烏の尾ばね、 ひるがへりさと堕ちくれば、
黄なる雲いまはたへずと、 オクターヴォしりぞきうたふ。
式場
氷の雫のいばらを、 液量計の雪に盛り、
鐘を鳴らせばたちまちに、 部長訓辞をなせるなり。
〔翁面 おもてとなして世経るなど〕
翁面、 おもてとなして世経るなど、 ひとをあざみしそのひまに、
やみほゝけたれつかれたれ、 われは三十ぢをなかばにて、
緊那羅面とはなりにけらしな。
氷上
月のたはむれ薫《く》ゆるころ、 氷は冴えてをちこちに、 さゞめきしげくなりにけり。
をさけび走る町のこら、 高張白くつらねたる、 明治女塾の舎生たち。
さてはにはかに現はれて、 ひたすらうしろすべりする、 黒き毛剃の庶務課長。
死火山の列雪青く、 よき貴人の死蝋とも、 星の蜘蛛来て網はけり。
〔うたがふをやめよ〕
うたがふをやめよ、 林は寒くして、
いささかの雪凍りしき、 根まがり杉ものびてゆるゝを。
胸張りて立てよ、 林の雪のうへ、
青き杉葉の落ちちりて、 空にはあまた烏なけるを。
そらふかく息せよ、 杉のうれたかみ、
烏いくむれあらそへば、 氷霧ぞさつとひかり落つるを。
電気工夫
(直き時計はさま頑《かた》く、 憎《ぞう》に鍛へし瞳《め》は強し)
さはあれ攀ぢる電塔の、 四方に辛夷の花深き。
南風《かけつ》光の網織れば、 ごろろと鳴らす碍子群、
艸火のなかにまじらひて、 蹄のたぐひけぶるらし。
〔すゝきすがるゝ丘なみを〕
すゝきすがるゝ丘なみを、 にはかにわたる南かぜ、
窪てふ窪はたちまちに、 つめたき渦を噴きあげて、
古きミネルヴァ神殿の、 廃址のさまをなしたれば、
ゲートルきりと頬かむりの、 闘士嘉吉もしばらくは、
萱のつぼけを負ひやめて、 面あやしく立ちにけり。
〔乾かぬ赤きチョークもて〕
乾かぬ赤きチョークもて、 文を抹して教頭は、
いらかを覆ふ黒雲を、 めがねうつろに息づきぬ。
さびしきすさびするゆゑに、 ぬかほの青き善吉ら、
そらの輻射の六月を、 声なく惨と仰ぎたれ。
〔腐植土のぬかるみよりの照り返し〕
腐植土のぬかるみよりの照り返し、 材木の上のちひさき露店。
腐植土のぬかるみよりの照り返しに、 二銭の鏡あまたならべぬ。
腐植土のぬかるみよりの照り返しに、 すがめの子一人りんと立ちたり。
よく掃除せしラムプをもちて腐植土の、 ぬかるみを駅夫大股
前へ
次へ
全9ページ中7ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
宮沢 賢治 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング