えしやみどりの縮葉甘藍《ケール》、 県視学はかなきものを。
早池峯山巓
石絨《アスベスト》脈なまぬるみ、 苔しろきさが巌にして、
いはかゞみひそかに熟し、 ブリューベル露はひかりぬ。
八重の雲遠くたゝへて、 西東はてをしらねば、
白堊紀の古きわだつみ、 なほこゝにありわぶごとし。
社会主事 佐伯正氏
群れてかゞやく辛夷花樹《マグノリア》、 雪しろたゝくねこやなぎ、
風は明るしこの郷《さと》の、 士《ひと》はそゞろに吝《やぶさ》けき。
まんさんとして漂へば、 水いろあはき日曜《どんたく》の、
馬を相する漢子《をのこ》らは、 こなたにまみを凝すなり。
市日
丹藤《タンド》に越ゆるみかげ尾根、 うつろひかればいと近し。
地蔵菩薩のすがたして、 栗を食《た》うぶる童《わらはべ》と、
縞の粗麻布《ジユート》の胸しぼり、 鏡欲りするその姉と。
丹藤に越ゆる尾根の上に、 なまこの雲ぞうかぶなり。
廃坑
春ちかけれど坑々の、 祠は荒れて天霧し、
事務所飯場もおしなべて、 鳥の宿りとかはりけり。
みちをながるゝ雪代に、 銹びしナイフをとりいでつ、
しばし閲してまもりびと、 さびしく水をはねこゆる。
副業
雨降りしぶくひるすぎを、 青きさゝげの籠とりて、
巨利を獲るてふ副業の、 銀毛兎に餌すなり。
兎はつひにつぐのはね、 ひとは頬あかく美しければ、
べつ甲ゴムの長靴や、 緑のシャツも着くるなり。
紀念写真
学生壇を並び立ち、 教授助教授みな座して、
つめたき風の聖餐を、 かしこみ呼ぶと見えにけり。
(あな虹立てり降るべしや)
(さなりかしこはしぐるらし)
……あな虹立てり降るべしや……
……さなりかしこはしぐるらし……
写真師台を見まはして、 ひとりに面をあげしめぬ。
時しもあれやさんとして、 身を顫はする学の長《をさ》、
雪刷く山の目もあやに、 たゞさんとして身を顫ふ。
……それをののかんそのことの、 ゆゑはにはかに推し得ね、
大礼服にかくばかり、 美しき効果をなさんこと、
いづちの邦の文献か、 よく録しつるものあらん……
しかも手練《てなれ》の写真師が、 三秒ひらく大レンズ、
千の瞳のおのおのに、 朝の虹こそ宿りけれ。
塔中秘事
雪ふかきまぐさのはたけ、 玉蜀黍《きみ》畑|漂雪《フキ》は奔りて、
丘裾の脱穀塔を、 ぼうぼうとひらめき被ふ。
歓喜天そらやよぎりし、 そが青き天《あめ》の窓より、
なにごとか女のわらひ、 栗鼠のごと軋りふるへる。
〔われのみみちにたゞしきと〕
われのみみちにたゞしきと、 ちちのいかりをあざわらひ、
ははのなげきをさげすみて、 さこそは得つるやまひゆゑ、
こゑはむなしく息あへぎ、 春は来れども日に三たび、
あせうちながしのたうてば、 すがたばかりは録されし、
下品ざんげのさまなせり。
朝
旱割れそめにし稲沼に、 いまころころと水鳴りて、
待宵草に置く露も、 睡たき風に萎むなり。
鬼げし風の襖子《あをし》着て、 児ら高らかに歌すれば、
遠き讒誣の傷あとも、 緑青いろにひかるなり。
〔猥れて嘲笑《あざ》めるはた寒き〕
猥れて嘲笑《あざ》めるはた寒き、 凶つのまみをはらはんと
かへさまた経るしろあとの、 天は遷ろふ火の鱗。
つめたき西の風きたり、 あららにひとの秘呪とりて、
粟の垂穂をうちみだし、 すすきを紅く燿《かが》やかす。
岩頸列
西は箱ヶと毒《ドグ》ヶ森、 椀コ、南昌、東根の、
古き岩頸《ネツク》の一列に、 氷霧あえかのまひるかな。
からくみやこにたどりける、 芝雀は旅をものがたり、
「その小屋掛けのうしろには、 寒げなる山によきによきと、
立ちし」とばかり口つぐみ、 とみにわらひにまぎらして、
渋茶をしげにのみしてふ、 そのことまことうべなれや。
山よほのぼのひらめきて、 わびしき雲をふりはらへ、
その雪尾根をかゞやかし、 野面のうれひを燃し了《おほ》せ。
病技師〔一〕
こよひの闇はあたたかし、 風のなかにてなかんなど、
ステッキひけりにせものの、 黒のステッキまたひけり。
蝕む胸をまぎらひて、 こぼと鳴り行く水のはた、
くらき炭素の燈《ひ》に照りて、 飢饉《けかつ》供養の巨石《おほいし》並《な》めり。
酸虹
鵞黄の柳いくそたび、
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