しや、すてきに背の高いあざみの中で、二つにも三つにも分かれてしまって、どれがどれやらいっこうわからなくなってしまいました。
 嘉助は「おうい。」と叫びました。
「おう。」とどこかで三郎が叫んでいるようです。思い切って、そのまん中のを進みました。
 けれどもそれも、時々切れたり、馬の歩かないような急な所を横ざまに過ぎたりするのでした。
 空はたいへん暗く重くなり、まわりがぼうっとかすんで来ました。冷たい風が、草を渡りはじめ、もう雲や霧が切れ切れになって目の前をぐんぐん通り過ぎて行きました。
 (ああ、こいつは悪くなって来た。みんな悪いことはこれから集《たが》ってやって来るのだ。)と嘉助は思いました。全くそのとおり、にわかに馬の通った跡は草の中でなくなってしまいました。
 (ああ、悪くなった、悪くなった。)嘉助は胸をどきどきさせました。
 草がからだを曲げて、パチパチ言ったり、さらさら鳴ったりしました。霧がことに滋《しげ》くなって、着物はすっかりしめってしまいました。
 嘉助は咽喉《のど》いっぱい叫びました。
「一郎、一郎、こっちさ来う。」ところがなんの返事も聞こえません。黒板から降る白墨
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