ま」に傍点]猫はまるで泣くやうに思ひました。
「パン、ポラリス、南極探険の帰途、ヤツプ島沖にて死亡、遺骸《ゐがい》は水葬せらる。」一番書記の白猫が、かま[#「かま」に傍点]猫の原簿で読んでゐます。かま[#「かま」に傍点]猫はもうかなしくて、かなしくて頬《ほほ》のあたりが酸つぱくなり、そこらがきいんと鳴つたりするのをじつとこらへてうつむいて居《を》りました。
 事務所の中は、だんだん忙しく湯の様になつて、仕事はずんずん進みました。みんな、ほんの時々、ちらつとこつちを見るだけで、たゞ一ことも云ひません。
 そしておひるになりました。かま[#「かま」に傍点]猫は、持つて来た弁当も喰べず、じつと膝《ひざ》に手を置いてうつむいて居りました。
 たうとうひるすぎの一時から、かま[#「かま」に傍点]猫はしくしく泣きはじめました。そして晩方まで三時間ほど泣いたりやめたりまた泣きだしたりしたのです。
 それでもみんなはそんなこと、一向知らないといふやうに面白さうに仕事をしてゐました。
 その時です。猫どもは気が付きませんでしたが、事務長のうしろの窓の向ふにいかめしい獅子《しし》の金いろの頭が見えました。
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