土神はいろいろ深く考へ込みながらだんだん樺の木の近くに参りました。そのうちたうとうはっきり自分が樺の木のとこへ行かうとしてゐるのだといふことに気が付きました。すると俄かに心持がをどるやうになりました。ずゐぶんしばらく行かなかったのだからことによったら樺の木は自分を待ってゐるのかも知れない、どうもさうらしい、さうだとすれば大へんに気の毒だといふやうな考が強く土神に起って来ました。土神は草をどしどし踏み胸を踊らせながら大股《おほまた》にあるいて行きました。ところがその強い足なみもいつかよろよろしてしまひ土神はまるで頭から青い色のかなしみを浴びてつっ立たなければなりませんでした。それは狐が来てゐたのです。もうすっかり夜でしたが、ぼんやり月のあかりに澱《よど》んだ霧の向ふから狐の声が聞えて来るのでした。
「えゝ、もちろんさうなんです。器械的に対称《シインメトリー》の法則にばかり叶《かな》ってゐるからってそれで美しいといふわけにはいかないんです。それは死んだ美です。」
「全くさうですわ。」しづかな樺の木の声がしました。
「ほんたうの美はそんな固定した化石した模型のやうなもんぢゃないんです。対
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