神がまるで黒くなって嵐《あらし》のように追って来るのでした。さあ狐はさっと顔いろを変え口もまがり風のように走って遁《に》げ出しました。
 土神はまるでそこら中の草がまっ白な火になって燃えているように思いました。青く光っていたそらさえ俄かにガランとまっ暗な穴になってその底では赤い焔《ほのお》がどうどう音を立てて燃えると思ったのです。
 二人はごうごう鳴って汽車のように走りました。
「もうおしまいだ、もうおしまいだ、望遠鏡、望遠鏡、望遠鏡」と狐は一心に頭の隅《すみ》のとこで考えながら夢のように走っていました。
 向うに小さな赤剥《あかは》げの丘《おか》がありました。狐はその下の円い穴にはいろうとしてくるっと一つまわりました。それから首を低くしていきなり中へ飛び込もうとして後あしをちらっとあげたときもう土神はうしろからぱっと飛びかかっていました。と思うと狐はもう土神にからだをねじられて口を尖《とが》らして少し笑ったようになったままぐんにゃりと土神の手の上に首を垂れていたのです。
 土神はいきなり狐を地べたに投げつけてぐちゃぐちゃ四五へん踏《ふ》みつけました。
 それからいきなり狐の穴の中にとび込んで行きました。中はがらんとして暗くただ赤土が奇麗《きれい》に堅《かた》められているばかりでした。土神は大きく口をまげてあけながら少し変な気がして外へ出て来ました。
 それからぐったり横になっている狐の屍骸《しがい》のレーンコートのかくしの中に手を入れて見ました。そのかくしの中には茶いろなかもがやの穂が二本はいって居ました。土神はさっきからあいていた口をそのまままるで途方《とほう》もない声で泣き出しました。
 その泪《なみだ》は雨のように狐に降り狐はいよいよ首をぐんにゃりとしてうすら笑ったようになって死んで居たのです。



底本:「注文の多い料理店」新潮文庫、新潮社
   1990(平成2)年5月25日発行
   1995(平成7)年5月30日11刷
入力:蒋龍
校正:noriko saito
2008年11月30日作成
青空文庫作成ファイル:
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