ちゃの谷地《やち》の中に住んでいる土神で一人はいつも野原の南の方からやって来る茶いろの狐《きつね》だったのです。
 樺の木はどちらかと云《い》えば狐の方がすきでした。なぜなら土神の方は神という名こそついてはいましたがごく乱暴で髪《かみ》もぼろぼろの木綿糸の束《たば》のよう眼《め》も赤くきものだってまるでわかめに似、いつもはだしで爪《つめ》も黒く長いのでした。ところが狐の方は大へんに上品な風で滅多《めった》に人を怒《おこ》らせたり気にさわるようなことをしなかったのです。
 ただもしよくよくこの二人をくらべて見たら土神の方は正直で狐は少し不正直だったかも知れません。

   (二)[#「(二)」は縦中横]

 夏のはじめのある晩でした。樺には新らしい柔《やわ》らかな葉がいっぱいについていいかおりがそこら中いっぱい、空にはもう天《あま》の川《がわ》がしらしらと渡り星はいちめんふるえたりゆれたり灯《とも》ったり消えたりしていました。
 その下を狐が詩集をもって遊びに行ったのでした。仕立おろしの紺《こん》の背広を着、赤革《あかがわ》の靴《くつ》もキッキッと鳴ったのです。
「実にしずかな晩ですねえ
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