り金がはいっているせいか飛《と》びようがなんだか少し変《へん》でした。
 王子たちはそのあとをついて行きました。
       *
 にわかにあたりがあかるくなりました。
 今までポシャポシャやっていた雨が急《きゅう》に大粒《おおつぶ》になってざあざあと降《ふ》ってきたのです。
 はちすずめが水の中の青い魚のように、なめらかにぬれて光りながら、二人《ふたり》の頭の上をせわしく飛《と》びめぐって、

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ザッ、ザ、ザ、ザザァザ、ザザァザ、ザザァ、
ふらばふれふれ、ひでりあめ、
トパァス、サファイア、ダイアモンド。
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 と歌いました。するとあたりの調子《ちょうし》がなんだか急《きゅう》に変《へん》なぐあいになりました。雨があられに変《か》わってパラパラパラパラやってきたのです。
 そして二人《ふたり》はまわりを森にかこまれたきれいな草の丘《おか》の頂上《ちょうじょう》に立っていました。
 ところが二人は全《まった》くおどろいてしまいました。あられと思ったのはみんなダイアモンドやトパァスやサファイアだったのです。おお、その雨がどんなにきらびやかなまぶしいものだったでしょう。
 雨の向《む》こうにはお日さまが、うすい緑色《みどりいろ》のくまを取《と》って、まっ白に光っていましたが、そのこちらで宝石《ほうせき》の雨はあらゆる小さな虹《にじ》をあげました。金剛石《こんごうせき》がはげしくぶっつかり合っては青い燐光《りんこう》を起《おこ》しました。
 その宝石《ほうせき》の雨は、草に落《お》ちてカチンカチンと鳴りました。それは鳴るはずだったのです。りんどうの花は刻《きざ》まれた天河石《アマゾンストン》と、打《う》ち劈《くだ》かれた天河石《アマゾンストン》で組み上がり、その葉《は》はなめらかな硅孔雀石《クリソコラ》でできていました。黄色な草穂《くさぼ》はかがやく猫睛石《キャッツアイ》、いちめんのうめばちそうの花びらはかすかな虹《にじ》を含《ふく》む乳色《ちちいろ》の蛋白石《たんぱくせき》、とうやくの葉《は》は碧玉《へきぎょく》、そのつぼみは紫水晶《アメシスト》の美しいさきを持《も》っていました。そしてそれらの中でいちばん立派《りっぱ》なのは小さな野《の》ばらの木でした。野《の》ばらの枝《えだ》は茶色の琥珀《こはく》や紫《むらさき》がかった霰石《アラゴナイト》でみがきあげられ、その実《み》はまっかなルビーでした。
 もしその丘《おか》をつくる黒土をたずねるならば、それは緑青《ろくしょう》か瑠璃《るり》であったにちがいありません。二人《ふたり》はあきれてぼんやりと光の雨に打《う》たれて立ちました。
 はちすずめがたびたび宝石《ほうせき》に打たれて落《お》ちそうになりながら、やはりせわしくせわしく飛《と》びめぐって、

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ザッザザ、ザザァザ、ザザァザザザァ、
降《ふ》らばふれふれひでりあめ
ひかりの雲のたえぬまま。
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 と歌いましたので雨の音はひとしお高くなり、そこらはまたひとしきりかがやきわたりました。
 それから、はちすずめは、だんだんゆるやかに飛《と》んで、

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ザッザザ、ザザァザ、ザザァザザザァ、
やまばやめやめ、ひでりあめ
そらは みがいた 土耳古玉《トルコだま》。
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 と歌いますと、雨がぴたりとやみました。おしまいの二つぶばかりのダイアモンドがそのみがかれた土耳古玉《トルコだま》のそらからきらきらっと光って落《お》ちました。
「ね、このりんどうの花はお父さんの所《ところ》の一等《いっとう》のコップよりも美《うつく》しいんだね。トパァスがいっぱいに盛《も》ってあるよ」
「ええ立派《りっぱ》です」
「うん。僕《ぼく》、このトパァスをはんけちへいっぱい持《も》ってこうか。けれど、トパァスよりはダイアモンドの方がいいかなあ」
 王子ははんけちを出してひろげましたが、あまりいちめんきらきらしているので、もうなんだか拾《ひろ》うのがばかげているような気がしました。
 その時、風が来て、りんどうの花はツァリンとからだを曲《ま》げて、その天河石《アマゾンストン》の花の盃《さかずき》を下の方に向《む》けましたので、トパァスはツァラツァランとこぼれて下のすずらんの葉《は》に落《お》ち、それからきらきらころがって草の底《そこ》の方へもぐって行きました。
 りんどうの花はそれからギギンと鳴って起《お》きあがり、ほっとため息《いき》をして歌いました。

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「トパァスのつゆはツァランツァリルリン、
 こぼれてきらめく サング、サンガリン、
 ひかりの丘《おおか》に すみながら
 なぁにがこんなにかなしかろ」
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 まっ碧《さお》な空では、はちすずめがツァリル、ツァリル、ツァリルリン、ツァリル、ツァリル、ツァリルリンと鳴いて二人とりんどうの花との上をとびめぐっておりました。
「ほんとうにりんどうの花は何がかなしいんだろうね」王子はトパァスを包《つつ》もうとして、一ぺんひろげたはんけちで顔の汗《あせ》をふきながら言《い》いました。
「さあ私にはわかりません」
「わからないねい。こんなにきれいなんだもの。ね、ごらん、こっちのうめばちそうなどはまるで虹《にじ》のようだよ。むくむく虹《にじ》が湧《わ》いてるようだよ。ああそうだ、ダイアモンドの露《つゆ》が一つぶはいってるんだよ」
 ほんとうにそのうめばちそうは、ぷりりぷりりふるえていましたので、その花の中の一つぶのダイアモンドは、まるで叫《さけ》び出すくらいに橙《だいだい》や緑《みどり》に美《うつく》しくかがやき、うめばちそうの花びらにチカチカ映《うつ》って言《い》いようもなく立派《りっぱ》でした。
 その時ちょうど風が来ましたので、うめばちそうはからだを少し曲《ま》げてパラリとダイアモンドの露《つゆ》をこぼしました。露《つゆ》はちくちくっとおしまいの青光をあげ碧玉《へきぎょく》の葉《は》の底《そこ》に沈《しず》んで行きました。
 うめばちそうはブリリンと起《お》きあがってもう一ぺんサッサッと光りました。金剛石《こんごうせき》の強い光の粉《こな》がまだはなびらに残《のこ》ってでもいたのでしょうか。そして空のはちすずめのめぐりも叫《さけ》びも、にわかにはげしくはげしくなりました。うめばちそうはまるで花びらも萼《がく》もはねとばすばかり高く鋭《するど》く叫《さけ》びました。

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「きらめきのゆきき
 ひかりのめぐみ
 にじはゆらぎ
 陽《ひ》は織《お》れど
 かなし。

 青ぞらはふるい
 ひかりはくだけ
 風のきしり
 陽《ひ》は織《お》れど
 かなし」
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 野ばらの木が赤い実《み》から水晶《すいしょう》の雫《しずく》をポトポトこぼしながらしずかに歌いました。

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「にじはなみだち
 きらめきは織《お》る
 ひかりのおかの
 このさびしさ。

 こおりのそこの
 めくらのさかな
 ひかりのおかの
 このさびしさ。

 たそがれぐもの
 さすらいの鳥
 ひかりのおかの
 このさびしさ」
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 この時光の丘《おか》はサラサラサラッと一めんけはいがして草も花もみんなからだをゆすったりかがめたりきらきら宝石《ほうせき》の露《つゆ》をはらいギギンザン、リン、ギギンと起《お》きあがりました。そして声をそろえて空高く叫《さけ》びました。

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「十力《じゅうりき》の金剛石《こんごうせき》はきょうも来ず
 めぐみの宝石《いし》はきょうも降《ふ》らず
 十力《じゅうりき》の宝石《いし》の落《お》ちざれば、
 光の丘《おか》も まっくろのよる
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 二人《ふたり》は腕《うで》を組んで棒《ぼう》のように立っていましたが王子はやっと気がついたように少しからだをかがめて、
「ね、お前たちは何がそんなにかなしいの」と野ばらの木にたずねました。
 野ばらは赤い光の点々《てんてん》を王子の顔に反射《はんしゃ》させながら、
「今|言《い》った通りです。十力《じゅうりき》の金剛石《こんごうせき》がまだ来ないのです」
 王子は向《む》こうの鈴蘭《すずらん》の根《ね》もとからチクチク射《さ》して来る黄金色《きんいろ》の光をまぶしそうに手でさえぎりながら、
「十力《じゅうりき》の金剛石《こんごうせき》ってどんなものだ」とたずねました。
 野《の》ばらがよろこんでからだをゆすりました。
「十力《じゅうりき》の金剛石《こんごうせき》はただの金剛石《こんごうせき》のようにチカチカうるさく光りはしません」
 碧玉《へきぎょく》のすずらんが百の月が集《あつ》まった晩《ばん》のように光りながら向《む》こうから言《い》いました。
「十力《じゅうりき》の金剛石《こんごうせき》はきらめくときもあります。かすかににごることもあります。ほのかにうすびかりする日もあります。あるときは洞穴《どうけつ》のようにまっくらです」
 ひかりしずかな天河石《アマゾンストン》のりんどうも、もうとても踊《おど》りださずにいられないというようにサァン、ツァン、サァン、ツァン、からだをうごかして調子《ちょうし》をとりながら言《い》いました。
「その十力《じゅうりき》の金剛石《こんごうせき》は春の風よりやわらかく、ある時はまるくあるときは卵《たまご》がたです。霧《きり》より小さなつぶにもなれば、そらとつちとをうずめもします」
 まひるの笑《わら》いの虹《にじ》をあげてうめばちそうが言《い》いました。
「それはたちまち百千のつぶにもわかれ、また集《あつ》まって一つにもなります」
 はちすずめのめぐりはあまり速《はや》くてただルルルルルルと鳴るぼんやりした青い光の輪《わ》にしか見えませんでした。
 野《の》ばらがあまり気が立ち過《す》ぎてカチカチしながら叫《さけ》びました。
「十力《じゅうりき》の大宝珠《だいほうじゅ》はある時黒い厩肥《きゅうひ》のしめりの中に埋《う》もれます。それから木や草のからだの中で月光いろにふるい、青白いかすかな脈《みゃく》をうちます。それから人の子供《こども》の苹果《りんご》の頬《ほお》をかがやかします」
 そしてみんながいっしょに叫《さけ》びました。

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「十力《じゅうりき》の金剛石《こんごうせき》は今日も来ない。
 その十力《じゅうりき》の金剛石《こんごうせき》はまだ降《ふ》らない。
 おお、あめつちを充《み》てる十力《じゅうりき》のめぐみ
 われらに下れ」
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 にわかにはちすずめがキイーンとせなかの鋼鉄《こうてつ》の骨《ほね》もはじけたかと思うばかりするどいさけびをあげました。びっくりしてそちらを見ますと空が生き返《かえ》ったように新しくかがやき、はちすずめはまっすぐに二人《ふたり》の帽子《ぼうし》におりて来ました。はちすずめのあとを追《お》って二つぶの宝石《ほうせき》がスッと光って二人の青い帽子《ぼうし》におち、それから花の間に落《お》ちました。
「来た来た。ああ、とうとう来た。十力《じゅうりき》の金剛石《こんごうせき》がとうとう下った」と花はまるでとびたつばかりかがやいて叫《さけ》びました。
 木も草も花も青ぞらも一|度《ど》に高く歌いました。

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「ほろびのほのお 湧《わ》きいでて
 つちとひととを つつめども
 こはやすらけき くににして
 ひかりのひとら みちみてり
 ひかりにみてる あめつちは
 …………………」
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 急《きゅう》に声がどこか別の世界に行ったらしく聞こえなくなってしまいました。そしていつか十力《じゅうりき》の金剛石《こんごうせき》は丘《おか》いっぱいに下っておりました。そのすべての花も葉《は》も茎《くき》も今はみなめざめるばか
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