つものやうに野原の入口にかゝりましたら、一本の白い立札がみちばたの栗の木の前に出てゐました。私どもはもう尋常五年生でしたからすらすら読みました。
「本日は東北長官一行の出遊《しゅついう》につきこれより中には入るべからず。東北庁」
 私はがっかりしてしまひました。慶次郎も顔を赤くして何べんも読み直してゐました。
「困ったねえ、えらい人が来るんだよ。叱《しか》られるといけないからもう帰らうか。」私が云《い》ひましたら慶次郎は少し怒って答へました。
「構ふもんか、入らう、入らう。こゝは天子さんのとこでそんな警部や何かのとこぢゃないんだい。ずうっと奥へ行かうよ。」
 私もにはかに面白くなりました。
「おい、東北長官といふものを見たいな。どんな顔だらう。」
「鬚《ひげ》もめがねもあるのさ。先頃《せんころ》来た大臣だってさうだ。」
「どこかにかくれて見てようか。」
「見てよう。寺林のとこはどうだい。」
 寺林といふのは今は練兵場の北のはじになってゐますが野原の中でいちばん奇麗な所でした。はんのきの林がぐるっと輪になってゐて中にはみじかいやはらかな草がいちめん生えてまるで一つの公園地のやうでした。

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