ご懇請《こんせい》によって、直ちに説法をなされたと斯《こ》うじゃ。汝等|審《つまびらか》に諸の悪業を作ると。汝等というは、元来はわれわれ梟《ふくろう》や鵄《とび》などに対して申さるるのじゃが、ご本意は梟にあるのじゃ、あとのご文の罪相を拝するに、みなわれわれのことじゃ。悪業というは、悪は悪いじゃ、業《ごう》とは梵語《ぼんご》でカルマというて、すべて過去になしたることのまだ報《むくい》となってあらわれぬを業という、善業悪業あるじゃ。ここでは悪業という。その事柄《ことがら》を次にあげなされたじゃ。或は夜陰を以て、小禽の家に至ると。みなの衆、他人事《ひとごと》ではないぞよ。よくよく自《みずか》らの胸にたずねて見なされ。夜陰とは夜のくらやみじゃ。以てとは、これに乗じてというがようの意味じゃ。夜のくらやみに乗じてと、斯うじゃ。小禽の家に至る。小禽とは、雀《すずめ》、山雀《やまがら》、四十雀《しじゅうから》、ひわ、百舌《もず》、みそさざい、かけす、つぐみ、すべて形小にして、力ないものは、みな小禽じゃ。その形小さく力無い鳥の家に参るというのじゃが、参るというてもただ訪ねて参るでもなければ、遊びに参るで
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