い爪《つめ》でその柔《やはらか》な身体《からだ》をちぎる、鳥は声さへよう発てぬ、こちらはそれを嘲笑《あざわら》ひつゝ、引き裂くぢゃ。何たるあはれのことぢゃ。この身とて、今は法師にて、鳥も魚も襲はねど、昔おもへば身も世もあらぬ。あゝ罪業《ざいごふ》のこのからだ、夜毎《よごと》夜毎の夢とては、同じく夜叉《やしゃ》の業をなす。宿業《しゅくごふ》の恐ろしさ、たゞたゞ呆《あき》るゝばかりなのぢゃ。」
風がザアッとやって来ました。木はみな波のやうにゆすれ、坊さんの梟も、その中に漂ふ舟のやうにうごきました。
そして東の山のはから、昨日の金角、二十五日のお月さまが、昨日よりは又ずうっと瘠《や》せて上りました。林の中はうすいうすい霧のやうなものでいっぱいになり、西の方からあの梟《ふくろふ》のお父さんがしょんぼり飛んで帰って来ました。
※
旧暦六月二十六日の晩でした。
そらがあんまりよく霽《は》れてもう天の川の水は、すっかりすきとほって冷たく、底のすなごも数へられるやう、またじっと眼をつぶってゐると、その流れの音さへも聞えるやうな気がしました。けれどもそれは或《あるい》は空の高い処
前へ
次へ
全42ページ中29ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
宮沢 賢治 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング