ゐました。けれども一体どうしたのかあの温和《おとな》しい穂吉の形が見えませんでした。風が少し出て来ましたので松の梢《こずゑ》はみなしづかにゆすれました。
 空には所々雲もうかんでゐるやうでした。それは星があちこちめくらにでもなったやうに黒くて光ってゐなかったからです。
 俄《には》かに西の方から一|疋《ぴき》の大きな褐色《かっしょく》の梟《ふくろふ》が飛んで来ました。そしてみんなの入口の低い木にとまって声をひそめて云ひました。
「やっぱり駄目《だめ》だ。穂吉さんももうあきらめてゐるやうだよ。さっきまではばたばたばたばた云ってゐたけれども、もう今はおとなしく臼《うす》の上にとまってゐるよ。それから紐《ひも》が何だか変ったやうだよ。前は右足だったが、今度は左脚に結《ゆは》ひつけられて、それに紐の色が赤いんだ。けれどもたゞひとついゝことは、みんな大抵寝てしまったんだ。さっきまで穂吉さんの眼を指で突っつかうとした子供などは、腹かけだけして、大の字になって寝てゐるよ。」
 穂吉のお母さんの梟は、まるで火がついたやうに声をあげて泣きました。それにつれて林中の女のふくろふがみなしいんしいんと泣きまし
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