づかになりました。風のためか、今まで聞えなかった遠くの瀬の音が、ひゞいて参りました。坊さんの梟はゴホンゴホンと二つ三つせきばらひをして又はじめました。
「爾《そ》の時に、疾翔大力《しっしょうたいりき》、爾迦夷《るかゐ》に告げて曰《いは》く、諦《あきらか》に聴け、諦に聴け、善《よ》く之《これ》を思念せよ。我今|汝《なんぢ》に、梟鵄《けうし》諸《もろもろ》の悪禽《あくきん》、離苦《りく》解脱《げだつ》の道を述べんと。
 爾迦夷《るかゐ》、則《すなは》ち両翼を開張し、虔《うやうや》しく頸《くび》を垂れて座を離れ、低く飛揚して疾翔大力を讃嘆すること三匝《さんさふ》にして、徐《おもむろ》に座に復し、拝跪《はいき》して唯《ただ》願ふらく、疾翔大力、疾翔大力、たゞ我等が為《ため》にこれを説き給へ。たゞ我等が為に之を説き給へと。
 疾翔大力微笑して、金色《こんじき》の円光を以《もっ》て頭《かうべ》に被《かぶ》れるに、その光|遍《あまね》く一座を照し、諸鳥歓喜充満せり。則ち説いて曰く、
 汝等《なんぢら》審《つまびらか》に諸の悪業《あくごふ》を作る。或《あるい》は夜陰を以て小禽《せうきん》の家に至る。時に小禽|既《すで》に終日日光に浴し、歌唄《かばい》跳躍して疲労をなし、唯唯《ただただ》甘美の睡眠中にあり。汝等飛躍して之を握《つか》む。利爪《りさう》深くその身に入り、諸の小禽《せうきん》痛苦又声を発するなし。則《すなは》ち之を裂きて擅《ほしいまま》に※[#「口+敢」、第3水準1−15−19]食《たんじき》す。或は沼田《せうでん》に至り、螺蛤《らかふ》を啄《ついば》む。螺蛤軟泥中にあり、心|柔※[#「車+(而/大)」、第3水準1−92−46]《にうなん》にして、唯温水を憶《おも》ふ。時に俄《にはか》に身空中にあり、或は直ちに身を破る、悶乱《もんらん》声を絶す。汝等之を※[#「口+敢」、第3水準1−15−19]食《たんじき》するに、又|懺悔《ざんげ》の念あることなし。
 斯《かく》の如《ごと》きの諸の悪業、挙げて数ふるなし。悪業を以ての故に、更に又諸の悪業を作る。継起して遂《つひ》に竟《をは》ることなし。昼は則ち日光を懼《おそ》れ、又人|及《および》諸の強鳥を恐る。心|暫《しば》らくも安らかなることなし、一度《ひとたび》梟身《けうしん》を尽して、又|新《あらた》に梟身を得。審《つまびらか》に諸の苦患を被《かうむ》りて、又尽くることなし。で前の座では、捨身菩薩《しゃしんぼさつ》を疾翔大力《しっしょうたいりき》と呼びあげるわけあひ又、その願成《ぐわんじゃう》の因縁をお話いたしたぢゃが、次に爾迦夷《るかゐ》に告げて曰《いは》くとある。爾迦夷といふはこのとき我等と同様|梟《ふくろふ》ぢゃ。われらのご先祖と、一緒にお棲《すま》ひなされたお方ぢゃ。今でも爾迦夷|上人《しゃうにん》と申しあげて、毎月十三日がご命日ぢゃ。いづれの家でも、梟の限りは、十三日には楢《なら》の木の葉を取《と》て参《まゐ》て、爾迦夷上人さまにさしあげるといふことをやるぢゃ、これは爾迦夷さまが楢の木にお棲ひなされたからぢゃ。この爾迦夷さまは、早くから梟の身のあさましいことをご覚悟遊ばされ、出離の道を求められたぢゃげなが、たうとうその一心の甲斐《かひ》あって、疾翔大力さまにめぐりあひ、つひにその尊い教を聴聞あって、天上へ行かしゃれた。その爾迦夷さまへのご説法ぢゃ。諦《あきらか》に聴け、諦に聴け。善《よ》く之《これ》を思念せよと。心をしづめてよく聴けよ、心をしづめてよく聴けよと斯《か》うぢゃ。いづれの説法の座でも、よくよく心をしづめ耳をすまして聴くことは大切なのぢゃ。上《うは》の空で聞いてゐたでは何にもならぬぢゃ。」
 ところがこのとき、さっきの喧嘩《けんくわ》をした二|疋《ひき》の子供のふくろふがもう説教を聴くのは厭《あ》きてお互にらめくらをはじめてゐました。そこは茂りあった枝のかげで、まっくらでしたが、二疋はどっちもあらんかぎりりんと眼を開いてゐましたので、ぎろぎろ燐《りん》を燃したやうに青く光りました。そこでたうとう二疋とも一ぺんに噴き出して一緒に、
「お前の眼は大きいねえ。」と云ひました。
 その声は幸《さいはひ》に少しつんぼの梟《ふくろふ》の坊さんには聞えませんでしたが、ほかの梟たちはみんなこっちを振り向きました。兄弟の穂吉といふ梟は、そこで大へんきまり悪く思ってもぢもぢしながら頭だけはじっと垂れてゐました。二疋はみんなのこっちを見るのを枝のかげになってかくれるやうにしながら、
「おい、もう遁《に》げて遊びに行かう。」
「どこへ。」
「実相寺の林さ。」
「行かうか。」
「うん、行かう。穂吉ちゃんも行かないか。」
「ううん。」穂吉は頭をふりました。
「我今|汝《なんぢ》に、梟鵄《けうし》
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