諸《もろもろ》の悪禽《あくきん》、離苦《りく》解脱《げだつ》の道を述べんといふことは。」説教が又続きました。二疋はもうそっと遁げ出し、穂吉はいよいよ堅くなって、兄弟三人分一人で聴かうといふ風でした。
※
その次の日の六月二十五日の晩でした。
丁度ゆふべと同じ時刻でしたのに、説教はまだ始まらず、あの説教の坊さんは、眼を瞑《つぶ》ってだまって説教の木の高い枝にとまり、まはりにゆふべと同じにとまった沢山の梟どもはなぜか大へんみな興奮してゐる模様でした。女のふくろふにはおろおろ泣いてゐるのもありましたし、男のふくろふはもうとても斯《か》うしてゐられないといふやうにプリプリしてゐました。それにあのゆふべの三人兄弟の家族の中では一番高い処《ところ》に居るおぢいさんの梟はもうすっかり眼を泣きはらして頬《ほほ》が時々びくびく云ひ、泪《なみだ》は声なくその赤くふくれた眼から落ちてゐました。
もちろんふくろふのお母さんはしくしくしくしく泣いてゐました。乱暴ものの二疋の兄弟も不思議にその晩はきちんと座って、大きな眼をじっと下に落してゐました。又ふくろふのお父さんは、しきりに西の方を見てゐました。けれども一体どうしたのかあの温和《おとな》しい穂吉の形が見えませんでした。風が少し出て来ましたので松の梢《こずゑ》はみなしづかにゆすれました。
空には所々雲もうかんでゐるやうでした。それは星があちこちめくらにでもなったやうに黒くて光ってゐなかったからです。
俄《には》かに西の方から一|疋《ぴき》の大きな褐色《かっしょく》の梟《ふくろふ》が飛んで来ました。そしてみんなの入口の低い木にとまって声をひそめて云ひました。
「やっぱり駄目《だめ》だ。穂吉さんももうあきらめてゐるやうだよ。さっきまではばたばたばたばた云ってゐたけれども、もう今はおとなしく臼《うす》の上にとまってゐるよ。それから紐《ひも》が何だか変ったやうだよ。前は右足だったが、今度は左脚に結《ゆは》ひつけられて、それに紐の色が赤いんだ。けれどもたゞひとついゝことは、みんな大抵寝てしまったんだ。さっきまで穂吉さんの眼を指で突っつかうとした子供などは、腹かけだけして、大の字になって寝てゐるよ。」
穂吉のお母さんの梟は、まるで火がついたやうに声をあげて泣きました。それにつれて林中の女のふくろふがみなしいんしいんと泣きました。
梟の坊さんは、じっと星ぞらを見あげて、それからしづかにたづねました。
「この世界は全くこの通りぢゃ。たゞもうみんなかなしいことばかりなのぢゃ。どうして又あんなおとなしい子が、人につかまるやうな処《ところ》に出たもんぢゃらうなあ。」
説教の木のとなりに居た鼠《ねずみ》いろの梟は恭々しく答へました。
「今朝あけ方近くなってから、兄弟三人で出掛けたさうでございます。いつも人の来るやうな処ではなかったのでございます。そのうち朝日が出ましたので、眩《まぶ》しさに三疋とも、しばらく眼を瞑《つぶ》ってゐたさうでございます。すると、丁度子供が二人、草刈りに来て居ましたさうで、穂吉もそれを知らないうちに、一人がそっとのぼって来て、穂吉の足を捉《つか》まへてしまったと申します。」
「あゝあはれなことぢゃ、ふびんなはなしぢゃ、あんなおとなしいいゝ子でも、何の因果ぢゃやら。できるなればわしなどで代ってやりたいぢゃ。」
林はまたしいんとなりました。しばらくたって、またばたばたと一疋の梟が飛んで戻って参りました。
「穂吉さんはね、臼の上をあるいてゐたよ。あの赤の紐を引き裂かうとしてゐたやうだったけれど、なかなか容易ぢゃないんだ。私はもう、どこか隙間《すきま》から飛び込んで行って、手伝ってあげようと、何べんも何べんも家のまはりを飛んで見たけれど、どこにもあいてる所はないんだらう。ほんたうに可哀さうだねえ、穂吉さんは、けれども泣いちゃゐないよ。」
梟のお母さんが、大きな眼を泣いてまぶしさうにしょぼしょぼしながら訊《たづ》ねました。
「あの家に猫《ねこ》は居ないやうでございましたか。」
「えゝ、猫は居なかったやうですよ。きっと居ないんです。ずゐぶん暫《しば》らく、私はのぞいてゐたんですけれど、たうとう見えなかったのですから。」
「そんならまあ安心でございます。ほんたうにみなさまに飛んだご迷惑をかけてお申し訳けもございません。みんな穂吉の不注意からでございます。」
「いゝえ、いゝえ、そんなことはありません。あんな賢いお子さんでも災難といふものは仕方ありません。」
林中の女のふくろふがまるで口口に答へました。その音は二町ばかり西の方の大きな藁屋根《わらやね》の中に捕はれてゐる穂吉の処《ところ》まで、ほんのかすかにでしたけれども聞えたのです。
ふくろふのおぢいさんが度々声がかすれながらふ
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