よ。みなの衆、よくよく心にしみて聞いて下され。
次のご文は、時に小禽|既《すで》に終日日光に浴し、歌唄《かばい》跳躍して、疲労をなし、唯々《ただただ》甘美の睡眠中にあり。他人事《ひとごと》ではないぞよ。どうぢゃ、今朝も今朝とて穂吉どの処《ところ》を替へてこの身の上ぢゃ、」
説教の坊さんの声が、俄《にはか》におろおろして変りました。穂吉のお母さんの梟《ふくろふ》はまるで帛《きぬ》を裂くやうに泣き出し、一座の女の梟は、たちまちそれに従《つ》いて泣きました。
それから男の梟も泣きました。林の中はたゞむせび泣く声ばかり、風も出て来て、木はみなぐらぐらゆれましたが、仲々|誰《たれ》も泣きやみませんでした。星はだんだんめぐり、赤い火星ももう西ぞらに入りました。
梟の坊さんはしばらくゴホゴホ咳嗽《せき》をしてゐましたが、やっと心を取り直して、又講義をつゞけました。
「みなの衆、まづ試《ため》しに、自分がみそさざいにでもなったと考へてご覧《らう》じ。な。天道《てんとう》さまが、東の空へ金色《こんじき》の矢を射なさるぢゃ、林樹は青く枝は揺るゝ、楽しく歌をばうたふのぢゃ、仲よくあうた友だちと、枝から枝へ木から木へ、天道さまの光の中を、歌って歌って参るのぢゃ、ひるごろならば、涼しい葉陰にしばしやすんで黙るのぢゃ、又ちちと鳴いて飛び立つぢゃ、空の青板をめざすのぢゃ、又小流れに参るのぢゃ、心の合うた友だちと、たゞ暫《しば》らくも離れずに、歌って歌って参るのぢゃ、さてお天道さまが、おかくれなされる、からだはつかれてとろりとなる、油のごとく、溶けるごとくぢゃ。いつかまぶたは閉ぢるのぢゃ、昼の景色を夢見るぢゃ、からだは枝に留まれど、心はなほも飛びめぐる、たのしく甘いつかれの夢の光の中ぢゃ。そのとき俄かにひやりとする。夢かうつつか、愕《おどろ》き見れば、わが身は裂けて、血は流れるぢゃ。燃えるやうなる、二つの眼が光ってわれを見詰むるぢゃ。どうぢゃ、声さへ発《た》たうにも、咽喉《のど》が狂うて音が出ぬぢゃ。これが則《すなは》ち利爪《りさう》深くその身に入り、諸《もろもろ》の小禽《せうきん》痛苦又声を発するなしの意なのぢゃぞ。されどもこれは、取らるゝ鳥より見たるものぢゃ。捕る此方《こなた》より眺むれば、飛躍して之を握《つか》むと斯うぢゃ。何の罪なく眠れるものを、たゞ一打《ひとうち》ととびかゝり、鋭
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