く滑るやうに向ふへ飛んで行きました。梟の坊さんがそれをじっと見送ってゐましたが、俄《には》かにからだをりんとして言ひました。
「みなの衆。いつまで泣いてもはてないぢゃ。ここの世界は苦界《くがい》といふ、又忍土とも名づけるぢゃ。みんなせつないことばかり、涙の乾くひまはないのぢゃ。たゞこの上は、われらと衆生と、早くこの苦を離れる道を知るのが肝要ぢゃ。この因縁でみなの衆も、よくよく心をひそめて聞きなされ。たゞ一人でも穂吉のことから、まことに菩提《ぼだい》の心を発すなれば、穂吉の功徳《くどく》又この座のみなの衆の功徳、かぎりもあらぬことなれば、必らずとくと聴聞《ちゃうもん》なされや。昨夜の続きを講じます。
 爾《そ》の時に疾翔大力《しっしょうたいりき》、爾迦夷《るかゐ》に告げて曰《いは》く、諦《あきらか》に聴け、諦に聴け。善《よ》く之《これ》を思念せよ。我今|汝《なんぢ》に、梟鵄《けうし》諸《もろもろ》の悪禽《あくきん》、離苦《りく》解脱《げだつ》の道を述べんと。
 爾迦夷《るかゐ》、則《すなは》ち両翼を開張し、虔《うやうや》しく頸《くび》を垂れて座を離れ、低く飛揚して疾翔大力を讃嘆すること三匝《さんさふ》にして、徐《おもむろ》に座に復し、拝跪《はいき》して唯《ただ》願ふらく、疾翔大力、疾翔大力、たゞ我等が為《ため》にこれを説き給へ。たゞ我等が為に之を説き給へと。
 疾翔大力微笑して、金色《こんじき》の円光を以《もっ》て頭《かうべ》に被れるに、その光|遍《あまね》く一座を照し、諸鳥歓喜充満せり。則ち説いて曰く、
 汝等《なんぢら》審《つまびらか》に諸の悪業を作る。或《あるい》は夜陰を以て小禽《せうきん》の家に至る。時に小禽|既《すで》に終日日光に浴し、歌唄《かばい》跳躍して疲労をなし、唯唯甘美の睡眠中にあり。汝等飛躍して之を握《つか》む。利爪《りさう》深くその身に入り、諸の小禽痛苦又声を発するなし。則ち之を裂きて擅《ほしいまま》に※[#「口+敢」、第3水準1−15−19]食《たんじき》す。或は沼田《せうでん》に至り螺蛤《らかふ》を啄《ついば》む。螺蛤軟泥中にあり、心|柔※[#「車+(而/大)」、第3水準1−92−46]《にうなん》にして唯温水を憶《おも》ふ。時に俄《にはか》に身空中にあり、或は直ちに身を破る、悶乱《もんらん》声を絶す。汝等之を※[#「口+敢」、第3水準1−1
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