た。
梟の坊さんは、じっと星ぞらを見あげて、それからしづかにたづねました。
「この世界は全くこの通りぢゃ。たゞもうみんなかなしいことばかりなのぢゃ。どうして又あんなおとなしい子が、人につかまるやうな処《ところ》に出たもんぢゃらうなあ。」
説教の木のとなりに居た鼠《ねずみ》いろの梟は恭々しく答へました。
「今朝あけ方近くなってから、兄弟三人で出掛けたさうでございます。いつも人の来るやうな処ではなかったのでございます。そのうち朝日が出ましたので、眩《まぶ》しさに三疋とも、しばらく眼を瞑《つぶ》ってゐたさうでございます。すると、丁度子供が二人、草刈りに来て居ましたさうで、穂吉もそれを知らないうちに、一人がそっとのぼって来て、穂吉の足を捉《つか》まへてしまったと申します。」
「あゝあはれなことぢゃ、ふびんなはなしぢゃ、あんなおとなしいいゝ子でも、何の因果ぢゃやら。できるなればわしなどで代ってやりたいぢゃ。」
林はまたしいんとなりました。しばらくたって、またばたばたと一疋の梟が飛んで戻って参りました。
「穂吉さんはね、臼の上をあるいてゐたよ。あの赤の紐を引き裂かうとしてゐたやうだったけれど、なかなか容易ぢゃないんだ。私はもう、どこか隙間《すきま》から飛び込んで行って、手伝ってあげようと、何べんも何べんも家のまはりを飛んで見たけれど、どこにもあいてる所はないんだらう。ほんたうに可哀さうだねえ、穂吉さんは、けれども泣いちゃゐないよ。」
梟のお母さんが、大きな眼を泣いてまぶしさうにしょぼしょぼしながら訊《たづ》ねました。
「あの家に猫《ねこ》は居ないやうでございましたか。」
「えゝ、猫は居なかったやうですよ。きっと居ないんです。ずゐぶん暫《しば》らく、私はのぞいてゐたんですけれど、たうとう見えなかったのですから。」
「そんならまあ安心でございます。ほんたうにみなさまに飛んだご迷惑をかけてお申し訳けもございません。みんな穂吉の不注意からでございます。」
「いゝえ、いゝえ、そんなことはありません。あんな賢いお子さんでも災難といふものは仕方ありません。」
林中の女のふくろふがまるで口口に答へました。その音は二町ばかり西の方の大きな藁屋根《わらやね》の中に捕はれてゐる穂吉の処《ところ》まで、ほんのかすかにでしたけれども聞えたのです。
ふくろふのおぢいさんが度々声がかすれながらふ
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