をまわって行ったのだ。
ところがどうだ名高い楢《なら》ノ木大学士が
釘付《くぎづ》けにされたように立ちどまった。
その眼《め》は空《むな》しく大きく開き
その膝《ひざ》は堅くなってやがてふるえ出し
煙草もいつか泥に落ちた。
青ぞらの下、向うの泥の浜の上に
その足跡の持ち主の
途方もない途方もない雷竜《らいりゅう》氏が
いやに細長い頸《くび》をのばし
汀《なぎさ》の水を呑《の》んでいる。
長さ十間、ざらざらの
鼠《ねずみ》いろの皮の雷竜が
短い太い足をちぢめ
厭《いや》らしい長い頸をのたのたさせ
小さな赤い眼を光らせ
チュウチュウ水を呑んでいる。
あまりのことに楢ノ木大学士は
頭がしいんとなってしまった。
「一体これはどうしたのだ。中生代に来てしまったのか。中生代がこっちの方へやって来たのか。ああ、どっちでもおんなじことだ。とにかくあすこに雷竜《らいりゅう》が居て、こっちさえ見ればかけて来る。大学士も魚も同じことだ。見るなよ、見るなよ。僕はいま、ごくこっそりと戻《もど》るから。どうかしばらく、こっちを向いちゃいけないよ。」
いまや楢《なら》ノ木大学士は
そろりそろりと後退《あとずさ》りし
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