は旅の者ですが、日が暮《く》れてひどく困っています。今夜一晩|泊《と》めて下さい。たべ物は持っていますから支度《したく》はなんにも要《い》りませんなんて、へっ、こんなこと云うのは、もう考えてもいやになる。そこで今夜はここへ泊ろう。」
大学士は大きな近眼鏡を
ちょっと直してにやにや笑い
小屋へ入って行ったのだ。
土間には四つの石かけが
炉《ろ》の役目をしその横には
榾《ほだ》もいくらか積んである。
大学士はマッチをすって
火をたき、それからビスケットを出し
もそもそ喰《た》べたり手帳に何か書きつけたり
しばらくの間していたが
おしまいに火をどんどん燃して
ごろりと藁《わら》にねころんだ。
夜中になって大学士は
「うう寒い」
と云いながら
ばたりとはね起きて見たら
もうたきぎが燃え尽《つ》きて
ただのおきだけになっていた。
学士はいそいでたきぎを入れる。
火は赤く愉快《ゆかい》に燃え出し
大学士は胸をひろげて
つくづくとよく暖る。
それから一寸《ちょっと》外へ出た。
二十日の月は東にかかり
空気は水より冷たかった、
学士はしばらく足踏《あしぶ》みをし
それからたばこを一本くわえマッチをすっ
前へ 次へ
全42ページ中18ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
宮沢 賢治 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング