兄は構わず又どなる。
「地球を半分ふきとばしちまえ。石と石とを空でぶっつけ合せてぐらぐらする紫《むらさき》のいなびかりを起せ。まっくろな灰の雲からかみなりを鳴らせ。えい、意気地《いくじ》なしども。降らせろ、降らせろ、きらきらの熔岩で海をうずめろ。海から騰《のぼ》る泡《あわ》で太陽を消せ、生き残りの象から虫けらのはてまで灰を吸わせろ、えい、畜生ども、何をぐずぐずしてるんだ。」
ラクシャンの若い第|四子《しし》が
微笑《わら》って兄をなだめ出す。
「大兄さん、あんまり憤《おこ》らないで下さいよ。イーハトブさんが向うの空で、又笑っていますよ。」
それからこんどは低くつぶやく。
「あんな銀の冠《かんむり》を僕《ぼく》もほしいなあ。」
ラクシャンの狂暴な第一子も
少ししずまって弟を見る。
「まあいいさ、お前もしっかり支度をして次の噴火にはあのイーハトブの位になれ。十二ヶ月の中の九ヶ月をあの冠で飾《かざ》れるのだぞ。」
若いラクシャン第四子は
兄のことばは聞きながし
遠い東の
雲を被《かぶ》った高原を
星のあかりに透《すか》し見て
なつかしそうに呟《つぶ》やいた。
「今夜はヒームカさんは見えないなあ。あのまっ黒な雲のやつは、ほんとうにいやなやつだなあ、今日で四日もヒームカさんや、ヒームカさんのおっかさんをマントの下にかくしてるんだ。僕一つ噴火《ふんか》をやってあいつを吹《ふ》き飛ばしてやろうかな。」
ラクシャンの第三子が
少し笑って弟に云う。
「大へん怒《おこ》ってるね。どうかしたのかい。ええ。あの東の雲のやつかい。あいつは今夜は雨をやってるんだ。ヒームカさんも蛇紋石《じゃもんせき》のきものがずぶぬれだろう。」
「兄さん。ヒームカさんはほんとうに美しいね。兄さん。この前ね、僕、ここからかたくりの花を投げてあげたんだよ。ヒームカさんのおっかさんへは白いこぶしの花をあげたんだよ。そしたら西風がね、だまって持って行って呉《く》れたよ。」
「そうかい。ハッハ。まあいいよ。あの雲はあしたの朝はもう霽《は》れてるよ。ヒームカさんがまばゆい新らしい碧《あお》いきものを着てお日さまの出るころは、きっと一番さきにお前にあいさつするぜ。そいつはもうきっとなんだ。」
「だけど兄さん。僕、今度は、何の花をあげたらいいだろうね。もう僕のとこには何の花もないんだよ。」
「うん、そいつはね、おれの所にね、桜草《さくらそう》があるよ、それをお前にやろう。」
「ありがとう、兄さん。」
「やかましい、何をふざけたことを云ってるんだ。」
暴《あら》っぽいラクシャンの第一子が
金粉の怒鳴り声を
夜の空高く吹きあげた。
「ヒームカってなんだ。ヒームカって。
ヒームカって云うのは、あの向うの女の子の山だろう。よわむしめ。あんなものとつきあうのはよせと何べんもおれが云ったじゃないか。ぜんたいおれたちは火から生れたんだぞ青ざめた水の中で生れたやつらとちがうんだぞ。」
ラクシャンの第|四子《しし》は
しょげて首を垂れたが
しずかな直《じ》かの兄が
弟のために長兄をなだめた。
「兄さん。ヒームカさんは血統はいいのですよ。火から生れたのですよ。立派なカンランガンですよ。」
ラクシャンの第一子は
尚更《なおさら》怒って
立派な金粉のどなりを
まるで火のようにあげた。
「知ってるよ。ヒームカはカンランガンさ。火から生れたさ。それはいいよ。けれどもそんなら、一体いつ、おれたちのようにめざましい噴火をやったんだ。あいつは地面まで騰《のぼ》って来る途中《とちゅう》で、もう疲《つか》れてやめてしまったんだ。今こそ地殻《ちかく》ののろのろのぼりや風や空気のおかげで、おれたちと肩《かた》をならべているが、元来おれたちとはまるで生れ付きがちがうんだ。きさまたちには、まだおれたちの仕事がよくわからないのだ。おれたちの仕事はな、地殻の底の底で、とけてとけて、まるでへたへたになった岩漿《がんしょう》や、上から押《お》しつけられて古綿のようにちぢまった蒸気やらを取って来て、いざという瞬間《しゅんかん》には大きな黒い山の塊《かたまり》を、まるで粉々に引き裂《さ》いて飛び出す。
煙《けむり》と火とを固めて空に抛《な》げつける。石と石とをぶっつけ合せていなずまを起す。百万の雷を集めて、地面をぐらぐら云わせてやる。丁度、楢《なら》ノ木大学士というものが、おれのどなりをひょっと聞いて、びっくりして頭をふらふら、ゆすぶったようにだ。ハッハッハ。
山も海もみんな濃《こ》い灰に埋《うず》まってしまう。平らな運動場のようになってしまう。その熱い灰の上でばかり、おれたちの魂《たましい》は舞踏《ぶとう》していい。いいか。もうみんな大さわぎだ。さて、その煙が納まって空気が奇麗《きれい》に澄《す》んだときは、こっちはどうだ、いつかまるで空へ届
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