くくらい高くなって、まるでそんなこともあったかというような顔をして、銀か白金かの冠ぐらいをかぶって、きちんとすましているのだぞ。」
ラクシャンの第三子は
しばらく考えて云う。
「兄さん、私はどうも、そんなことはきらいです。私はそんな、まわりを熱い灰でうずめて、自分だけ一人高くなるようなそんなことはしたくありません。水や空気がいつでも地面を平らにしようとしているでしょう。そして自分でもいつでも低い方低い方と流れて行くでしょう、私はあなたのやり方よりは、却《かえ》ってあの方がほんとうだと思います。」
暴《あら》っぽいラクシャン第一子が
このときまるできらきら笑った。
きらきら光って笑ったのだ。
(こんな不思議な笑いようを
いままでおれは見たことがない、
愕《おどろ》くべきだ、立派なもんだ。)
楢ノ木学士が考えた。
暴っぽいラクシャンの第一子が
ずいぶんしばらく光ってから
やっとしずまって斯《こ》う云った。
「水と空気かい。あいつらは朝から晩まで、俺《おい》らの耳のそば迄《まで》来て、世界の平和の為《ため》に、お前らの傲慢《ごうまん》を削《けず》るとかなんとか云いながら、毎日こそこそ、俺らを擦《こす》って耗《へら》して行くが、まるっきりうそさ。何でもおれのきくとこに依《よ》ると、あいつらは海岸のふくふくした黒土や、美しい緑いろの野原に行って知らん顔をして溝《みぞ》を掘《ほ》るやら、濠《ほり》をこさえるやら、それはどうも実にひどいもんだそうだ。話にも何にもならんというこった。」
ラクシャンの第三子も
つい大声で笑ってしまう。
「兄さん。なんだか、そんな、こじつけみたいな、あてこすりみたいな、芝居《しばい》のせりふのようなものは、一向あなたに似合いませんよ。」
ところがラクシャン第一子は
案外に怒り出しもしなかった。
きらきら光って大声で
笑って笑って笑ってしまった。
その笑い声の洪水《こうずい》は
空を流れて遥《はる》かに遥かに南へ行って
ねぼけた雷《かみなり》のようにとどろいた。
「うん、そうだ、もうあまり、おれたちのがらにもない小理窟《こりくつ》は止《よ》そう。おれたちのお父さんにすまない。お父さんは九つの氷河を持っていらしゃったそうだ。そのころは、ここらは、一面の雪と氷で白熊《しろくま》や雪狐《ゆきぎつね》や、いろいろなけものが居たそうだ。お父さんはおれが生れるときなくなられたのだ。」
俄《にわ》かにラクシャンの末子《まっし》が叫ぶ。
「火が燃えている。火が燃えている。大兄さん。大兄さん。ごらんなさい。だんだん拡《ひろ》がります。」
ラクシャン第一子がびっくりして叫《さけ》ぶ。
「熔岩《ようがん》、用意っ。灰をふらせろ、えい、畜生《ちくしょう》、何だ、野火か。」
その声にラクシャンの第二子が
びっくりして眼《め》をさまし、
その長い顎《あご》をあげて、
眼を釘《くぎ》づけにされたように
しばらく野火をみつめている。
「誰《たれ》かやったのか。誰だ、誰だ、今ごろ。なんだ野火か。地面の挨《ほこり》をさらさらさらっと掃除《そうじ》する、てまえなんぞに用はない。」
するとラクシャンの第一子が
ちょっと意地悪そうにわらい
手をばたばたと振《ふ》って見せて
「石だ、火だ。熔岩だ。用意っ。ふん。」
と叫ぶ。
ばかなラクシャンの第二子が
すぐ釣《つ》り込《こ》まれてあわて出し
顔いろをぽっとほてらせながら
「おい兄貴、一吠《ひとほ》えしようか。」
と斯《こ》う云った。
兄貴はわらう、
「一吠えってもう何十万年を、きさまはぐうぐう寝《ね》ていたのだ。それでもいくらかまだ力が残っているのか」
無精《ぶしょう》な弟は只《ただ》一言《ひとこと》
「ない」
と答えた。
そして又《また》長い顎をうでに載《の》せ、
ぽっかりぽっかり寝てしまう。
しずかなラクシャン第三子が
ラクシャンの第|四子《しし》に云う
「空が大へん軽くなったね、あしたの朝はきっと晴れるよ。」
「ええ今夜は鷹《たか》が出ませんね」
兄は笑って弟を試《ため》す。
「さっきの野火で鷹の子供が焼けたのかな。」
弟は賢《かしこ》く答えた。
「鷹の子供は、もう余程《よほど》、毛も剛《こわ》くなりました。それに仲々強いから、きっと焼けないで遁《に》げたでしょう」
兄は心持よく笑う。
「そんなら結構だ、さあもう兄さんたちはよくおやすみだ。楢《なら》ノ木大学士と云うやつもよく睡《ねむ》っている。さっきから僕等《ぼくら》の夢《ゆめ》を見ているんだぜ。」
するとラクシャン第四子が
ずるそうに一寸《ちょっと》笑ってこう云った。
「そんなら僕一つおどかしてやろう。」
兄のラクシャン第三子が
「よせよせいたずらするなよ」
と止めたが
いたずらの弟はそれを聞かずに
光る大きな長い舌を出して
大学士の額をべろりと嘗《
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