して、面白い夢でも見る分が得といふもんだ。)
例の楢《なら》ノ木大学士が
衣嚢《ポケット》に両手を突っ込んで
少しせ中を高くして
つくづく考へ込みながら
もう夕方の鼠《ねずみ》いろの
頁岩の波に洗はれる
海岸を大股《おほまた》に歩いてゐた。
全く海は暗くなり
そのほのじろい波がしらだけ
一列、何かけもののやうに見えたのだ。
いよいよ今日は歩いても
だめだと学士はあきらめて
ぴたっと岩に立ちどまり
しばらく黒い海面と
向ふに浮ぶ腐った馬鈴薯《いも》のやうな雲を
眺《なが》めてゐたが、又ポケットから
煙草《たばこ》を出して火をつけた。
それからくるっと振り向いて
陸の方をじっと見定めて
急いでそっちへ歩いて行った。
そこには低い崖《がけ》があり
崖《がけ》の脚には多分は濤《なみ》で
削られたらしい小さな洞《ほら》があったのだ。
大学士はにこにこして
中へはひって背嚢《はいなう》をとる。
それからまっくらなとこで
もしゃもしゃビスケットを喰べた。
ずうっと向ふで一列濤が鳴るばかり。
「ははあ、どうだ、いよいよ宿がきまって腹もできると野宿もそんなに悪くない。さあ、もう一服やって寝よう。あしたは
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