いゝぢゃないか。」と云《い》ったんです。すると給仕はてかてかの髪を一寸《ちょっと》撫《な》でて、
「はい、誠にお気の毒でございますが、当地方には、毒蛾がひどく発生して居《を》りまして、夕刻からは窓をあけられませんのでございます。只今《ただいま》、扇風機を運んで参ります。」と云ったのでした。
 なるほど、さう云って出て行く給仕を見ますと、首にまるで石の環《わ》をはめたやうな厚い繃帯《はうたい》をして、顔もだいぶはれてゐましたからきっと、その毒蛾に噛《か》まれたんだと、私は思ひました。ところが、間もなく隣りの室《へや》で、給仕が客と何か云ひ争ってゐるやうでした。それが仲々長いし烈しいのです。私は暑いやら疲れたやら、すっかりむしゃくしゃしてしまひましたので、今のうち一寸床屋へでも行って来ようと思って室を出ました。そして隣りの室の前を通りかゝりましたら、扉《と》が開け放してあって、さっきの給仕がひどく悄気《しょげ》て頭を垂れて立ってゐました。向ふには、髪もひげもまるで灰いろの、肥《ふと》ったふくろふのやうなおぢいさんが、安楽椅子《あんらくいす》にぐったり腰かけて、扇風機にぶうぶう吹かれながら、
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