「うん。」慶次郎は少しつまらないというようにうなずきました。
「もう帰ろうか。」私は云いました。
「帰ろう。あばよ。」と慶次郎は高く向うのまっ赤な崖に叫びました。
「あばよ。」崖からこだまが返って来ました。
私はにわかに面白《おもしろ》くなって力一ぱい叫びました。
「ホウ、居たかぁ。」
「居たかぁ。」崖がこだまを返しました。
「また来るよ。」慶次郎が叫びました。
「来るよ。」崖が答えました。
「馬鹿。」私が少し大胆《だいたん》になって悪口をしました。
「馬鹿。」崖も悪口を返しました。
「馬鹿野郎。」慶次郎が少し低く叫びました。
ところがその返事はただごそごそごそっとつぶやくように聞えました。どうも手がつけられないと云ったようにも又そんなやつらにいつまでも返事していられないなと自分ら同志で相談したようにも聞えました。
私どもは顔を見合せました。それから俄《にわ》かに恐《こわ》くなって一緒に崖をはなれました。
それから籠を持ってどんどん下りました。二人ともだまってどんどん下りました。雫ですっかりぬればらや何かに引っかかれながらなんにも云わずに私どもはどんどんどんどん遁《に》げまし
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