岸の草はらの方へ出ました。
 それから毒ヶ森の麓《ふもと》の黒い松林《まつばやし》の方へ向いて、きつねのしっぽのような茶いろの草の穂をふんで歩いて行きました。
 そしたら慶次郎が、ちょっとうしろを振《ふ》り向いて叫びました。
「あ、ごらん、あんなに居たよ。」
 私もふり向きました。もずが、まるで千疋ばかりも飛びたって、野原をずうっと向うへかけて行くように見えましたが、今度も又、俄かに一本の楊の木に落ちてしまいました。けれども私たちはもう何も云いませんでした。鳥を吸い込む楊の木があるとも思えず、又鳥の落ち込みようがあんまりひどいので、そんなことが全くないとも思えず、ほんとうに気持ちが悪くなったのでした。
「もうだめだよ。帰ろう。」私は云いました。そして慶次郎もだまってくるっと戻《もど》ったのでした。
 けれどもいまでもまだ私には、楊の木に鳥を吸い込む力があると思えて仕方ないのです。



底本:「新編 風の又三郎」新潮文庫、新潮社
   1989(平成元)年2月25日発行
   1989(平成元)年6月10日2刷
底本の親本:「新修宮沢賢治全集 第九巻」筑摩書房
   1979(昭和54
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